近年、BtoBの商取引のデジタル化を促す動きが加速していますが、企業側の変革だけでは従来の商慣習は変えられません。経済の中心的存在である金融機関と共にDXに取り組む必要があります。
エメラダ株式会社は、地域金融機関との提携を通じて中小企業へサービスを展開し、新しい金融エコシステムの確立に挑むフィンテック企業。今回は、代表取締役社長兼CEOの猪野慎太郎氏に登場いただき、投資担当者・棚橋昂大とパートナー・小沼晴義からの視点と共に、事業や組織について話を伺いました。
【プロフィール】
エメラダ株式会社 代表取締役社長兼CEO 猪野 慎太郎(いの・しんたろう)
2019年エメラダへ参画。主にプロダクトオーナーとして新規プロダクト開発を率いた後、代表取締役に就任。エメラダ参画前は、野村證券のリテール部門にて法人やオーナーの財務/運用コンサルタントとして中小企業〜上場企業を幅広く担当。在籍4年で5度の社内表彰を受ける。慶應義塾大学 経済学部卒業。
【What's エメラダ株式会社】
「あまねく人に金融の自由を」をビジョンに掲げ、ビジネスのお金が高速で循環するようなプラットフォームを開発。中小企業が日々の資金管理や金融機関との情報共有を行うための『エメラダ・キャッシュマネージャー』、金融業務のCXをサポートするBaaS『エメラダ・スマートバンク・アシスタント』、金融機関が顧客の信用評価を行うための『エメラダ・アナリティクス』を提供。2024年中にBtoBキャッシュコンバージョンサイクル改善決済サービス『エメラダ・ペイメント』をリリース予定。
金融機関をハブに、中小企業1万5,000社へ金融システムを提供
ーまずは、エメラダが提供するサービスの概要を教えてください。
猪野 『エメラダ・キャッシュマネージャー』(以下:ECM)は、中小企業の経営者や経理担当者向けのサービス。経理業務をアプリケーション上で自動でデジタル化し、資金管理を効率的に行うことができます。そのデータは金融機関と共有できるようになっており、金融機関側は『エメラダ・スマートバンク・アシスタント』(以下:ESBA)を通じて、顧客のデータを見たり借り入れの申し込みを受け付けたりできます。
基本的には、まず地域金融機関と提携してESBAを導入いただき、各金融機関からお客様へECMをご案内いただくという流れ。いわば"裏"と"表"のセットでシステムを提供していることが特徴で、現在は80行近くの金融機関と、1万5,000社近くの中小企業に導入いただいています(2024年8月現在)。
3つ目の『エメラダ・アナリティクス』は、ECMとESBAに蓄積されたデータをもとに、AI技術を通じて半自動で与信判定を行う金融機関向けのサービス。これら3つのサービスで「商取引のDX」「金融業務のDX」を目指しながら、企業成長のためのお金を高速で循環させる金融エコシステムを構築していきます。
さらに2024年中には『エメラダ・ペイメント』をリリースする予定。これは、クレジットカードのようなBuy Now Pay Later(後払い決済)の体験を、金融機関から中小企業へ提供するサービスです。
ー「金融機関」をハブに新しい金融プラットフォームを広めていく、というのがエメラダのスタンスなのですね。
猪野 はい。資本主義経済の中心にあるのは金融機関ですから、私たちのようなフィンテック・スタートアップは自社だけでIDを稼いでも意味がありません。金融機関にシステムをアップグレードしていただき、一緒にサービスを打ち出して世の中に普及させていくことが重要です。金融機関がファイティングポーズをとってくださるタイミングを待って、今後も新たなサービスを展開していくつもりです。
代表取締役社長兼CEOの猪野慎太郎氏
ー猪野さんはエメラダ設立の3年後にジョインし、のちに代表に就任されていますね。その経緯をお聞かせいただけますか。
猪野 私は起業家の家系で育ったので、幼い頃から「自分も社長をやるもんだ」と思って生きてきました。いつか起業をするために新卒で野村證券に入り、そこで感じたのが日本の金融市場の課題。情報の非対称性により、金融サービスが公正に行き渡っていない現状に疑問を感じたんです。
当初は自分で起業をしようと考えていたのですが、あるとき「猪野さんと同じようなことを目指している社長がいるよ」と紹介されたのがエメラダ創業者の澤村でした。当時のエメラダは今とは別のサービスを展開していましたが、目指す世界観が共通していたためジョインすることにしました。
私の中にあったのは「金融機関が変わらなければ日本は変わらない」という強い思い。そのため入社後はECMを立ち上げ、プロダクトオーナーとして金融機関の開拓に努めてきました。その後、ECMが既存サービス以上に軌道に乗り始めたタイミングで、メインサービスを転換して私が代表に就任しました。
事業拡大に伴い、CTO・HR責任者・エンジニアの採用を強化
ー2021年の代表就任から3年が経ちますが、現在のエメラダはどんな組織構成ですか。
猪野 ビジネスデベロップメント、エンジニアリング、コーポレートの3部門で構成されていて、正社員は合計25人ほど。エンジニアリング部門には業務委託メンバーも10人ほど在籍しています。私が代表になる際に組織を一度刷新しているため、共同創業者で取締役兼COOの古川を除いては、大半が私がハイヤリングしたメンバーです。
ー事業拡大に伴い、さらなる増員も行っていくと思います。特に採用を強化したいポジションがあれば教えてください。
猪野 これまでは私がメンバーの能力開発や文化教育をしてきたのですが、組織拡大に伴い、その役割を権限移譲していきたいと考えています。ただ、多様性のキャパシティが最も広いのは当然トップである私なので、なかなかうまくいかない部分も多い。そこで、そうしたマネージを担うリーダーポジション、特にCTOの採用は優先度が高いです。
また、働きやすい組織をつくるためのヒューマンリソース責任者の採用も急務。現在は外部にアウトソースしていて、その管理を私が担っている状態なので、責任者を新たに立てて権限移譲していく予定です。
既存サービスや新規サービスの開発にあたっては、エンジニアリング部門ももちろん強化していきたいですね。
ーどんなタイプの方がエメラダにマッチすると思いますか。
猪野 スタートアップというとキラキラな感じをイメージされる方も多いかもしれませんが、当社の場合、自分の職務が本当に好きな"職人気質"のメンバーが多いです。例えばエンジニアなら、コードをどう書こうか夢にまで見るような...。
当社のビジョンに共感してくださる方や、「自分が使いたいと思えるものをつくりたい」という方ももちろん歓迎なのですが、目指すゴールに至るまでにはエンタープライズ系サービスならではの困難も多いので、日々の業務を掘り下げてやりがいを感じられるような方がマッチする気がしています。
ースペシャリストタイプが集まる場合、組織をひとつにまとめていく大変さもあるように感じますが、そのあたりはどう工夫しているのでしょう。
猪野 カルチャーブックの作成やプリンシプルの定義などはきちんとしていて、メンバーの一部はプリンシプルを提唱できるくらいには浸透していると思います。それらは非公開の社内向けオウンドメディアに掲載し、採用面接に来ていただいた方にURLをお渡しするようにしています。
また、当社はフルリモート勤務。リモートワークが一般化した今、当社くらいの規模のスタートアップが組織課題を解決する方法は「会う」だと思いますが、私たちはあえてその方法をとっていません。フルリモートが当たり前になる将来を見越して、会わずとも円滑なコミュニケーションや方向性の統一が可能な仕組みづくりに力を入れています。世界最大のリモート組織といわれるGitLab社のノウハウをヒントに、ハンドブックを読めばすべてのやり方がわかるようにしていますし、お互いの考え方や得意・不得意を理解し合えるようなコミュニケーション方法なども仕組み化しています。
私が目指すのは「お互いのプロフェッショナリズムを尊敬し続けられる組織」。まだ課題はありますが、当社にとって最適な方法を引き続き模索していきたいと思います。
▶️エメラダの採用についてはこちらをご参照ください
ジャフコのキャピタリストから感じた「経営者へのリスペクト」
左からジャフコ小沼、エメラダ猪野氏、ジャフコ棚橋
ー2024年7月、ジャフコのリード投資で資金調達を実施し、シード以降累計で約19億円の調達を完了しました。ジャフコを選んだ理由についてお聞かせください。
猪野 最初は株主からの紹介で小沼さんとお会いし、それ以降は棚橋さんも交えて面談を重ねてきました。VCの方とは過去に何度もお会いしてきましたが、経営者に対するリスペクトを一番感じたのがジャフコさん。審査されているというより、当社のことを理解して応援しようとしてくださっている印象を受けたので、ぜひご一緒したいと思いました。
また、これまでのラウンドはリード投資家を据えずに進めてきたため、今回ジャフコさんにリーダーシップをとっていただき、株主の皆様との関係性をうまくアレンジしていただきたいという思いもありました。
ージャフコから見て、エメラダのどんな点に魅力や可能性を感じましたか。
小沼 まずは、金融機関を経由して中小企業へサービスを提供するというビジネスモデル。地方銀行や信用金庫は地域の企業と強いリレーションシップを持っていますから、そうした金融機関を通じてサービスを広めていくやり方は、とても合理的な経営判断だと思いました。全国の信用金庫のセントラルバンクである信金中央金庫と提携し、信用金庫と中小企業をつなぐポータルサービスも展開しており、こちらも可能性を感じます。
猪野さんはもともと起業を志していて、エメラダにジョインした後もプロダクトオーナーとして事業を拡大されてきた方。そんな"起業家"ともいえる猪野さんが、エメラダの第二創業をどう軌道に乗せてきたのか、お会いする前から興味を持っていました。今こうして出資の機会をいただき、これからの挑戦をご一緒できることを嬉しく思っています。
棚橋 猪野さんと最初にお会いしたとき、「お客様は日本経済そのもの」というようなことをおっしゃっていたのが強く印象に残っています。中小企業とその中心にある金融機関の課題を本気で解決するために、非常に本質的なことを考えておられる方だと感じました。
小沼が申し上げたように効率的なビジネスモデルであることはもちろん、中小企業にとって使いやすいサービスであることも特長のひとつ。資金繰りに課題を感じている中小企業は多く、クラウドサービスを導入してみても使いこなせないケースが増えています。エンドユーザーである中小企業に必要とされるサービスを提供できていることは、エメラダの大きな強みだと思います。
ー資金調達を経て、今後さらなる事業拡大に挑んでいくと思いますが、最終的にはどんな社会の実現を目指していますか。
猪野 法人も個人も、銀行口座をひとつ持っていればどんなサービスも利用できる。何十年かかるかわかりませんが、そんな社会をつくりたいと考えています。現在はサービスごとにアカウントを開設して、IDやパスワードを登録して、それぞれにお金を払っていますよね。でも、法人や個人の信用力が紐づいた銀行口座があれば、本来はそのアカウントを使って自身の情報をディスクローズして、本人確認をしたり自由にお金を借りたりできるはずなんです。
いずれは、ひとつのIDに個人情報や権限が紐づき、それを使って様々なデジタルサービスを受けられる時代が到来するでしょう。そのIDを管理するのはGoogleかもしれないしAmazonかもしれませんが、国としては法人や個人の資産のやり取りを把握したいはずなので、日本国内においてハブになるのは金融機関だと思っています。
ベンチャービジネスは課題の大きいところから参入すべきなので、当面は中小企業を対象にしていますが、法人・個人に関わらず「金融の自由」を実現することが最終的な目標です。
小沼 エメラダは、金融サービスを高度化して前進させるための仕組みを提供する会社です。金融機関と中小企業の双方がデジタル化して初めて成立するサービスですが、金融機関はその地域の経済を活性化させる使命感をお持ちだと思うので、これからますます導入が進むと見込んでいます。まずは金融機関と中小企業、そしてゆくゆくは猪野さんがおっしゃった個人にまで、エメラダの金融エコシステムが波及していく過程を見届けたいと思います。
担当者: 小沼晴義・棚橋昂大からのコメント
改正電子帳簿保存法の完全義務化やインボイス制度の開始による中小企業のDXへの後押しに加え、金融システムにおけるクラウド利用や組込型金融の導入が進展しており、中小企業と金融機関には今大きな変化が起きているタイミングかと思います。日本に存在する約370万社の中小企業と、その中小企業に対して約365兆円の貸出金残高を持つ金融機関、そのほとんどがまだデジタル化の恩恵を受けられていない中、エメラダは真正面からそこに取り組むスタートアップです。猪野社長率いるエメラダが作る新しい金融システムに大変期待をしております。今後も全力で応援致します。