起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第45回は、株式会社アラカン 代表取締役の田中一榮氏に登場いただき、担当キャピタリスト丹羽泰之からの視点と共に、これからの事業の挑戦について話を伺いました。
【プロフィール】
株式会社アラカン 代表取締役 田中 一榮(たなか・かずえ)
2003年に中古車販売の株式会社ネクステージに入社し、わずか3年で取締役事業本部長に。その後COOに就任し、東証マザーズ(当時)・東証一部(現プライム)への上場を実現する。中古車業界の課題解決に挑むべく、2019年に自動車フリマ事業を行う株式会社アラカンを創業。
【What's 株式会社アラカン】
プロに任せる自動車フリマ『カババ』を運営。資格を持った鑑定士が中古車の品質評価を行い、情報をすべてネットで公開することで、中古車売買のネット完結を実現。取引手数料の固定、流通の効率化によるコスト削減を通じて、誰もが適正価格で取引できるプラットフォームを目指す。会員登録者数は約3.3万人、累計成約台数は約2,000台、累計GMVは約75億円(2024年4月時点)。
「適正価格での売買」「固定手数料」...徹底した消費者ファーストの理由
ー2019年にスタートした自動車フリマサイト『カババ』について、まずは概要を教えてください。
田中 『カババ』は中古車の個人売買をオンライン上で完結できるサービスです。出品された車1台ごとにプロの鑑定士がつき、きちんと品質評価をしてサイト上に情報を公開。購入後の名義変更や車両運搬なども当社が代行するため、専門知識や複雑な手続きは必要ありません。オンラインの手軽さと人がいる安心感を両立させたサービスになっています。
ーオンラインで車を買うことに不安を感じるユーザーは多いと思いますが、『カババ』ではそれをどのように解消しているのでしょうか。
田中 一番の不安は、現物を自分の目で確かめられない点だと思います。『カババ』では車についた傷や汚れを写真・動画・文章で細かくお伝えしており、しかも担当の鑑定士が1台ずつ顔出しで紹介する形をとっています。中古車販売会社さんのサイトでも傷などの情報は掲載されていますが、店舗で購入する前提ではなくサイトだけで売買できるレベルで情報を掲載しているのは『カババ』ならでは。中古車でチェックすべき点をプロの鑑定士がすべて紹介しているので、むしろ自分で見て買うより安全とも言えます。
あとは、価格面。『カババ』では税金や名義変更費用や納車費用まで含めてワンプライスで提示しています。通常、車の購入は値引き交渉が前提なので、最終的にいくらになるかは店舗に行かないとわからないことが多い。一方『カババ』はオンライン上で取引を完結させる必要があるため、最終的な価格を1円単位で提示して安心につなげています。
ーオンラインで生じる不安を、オンラインだからこそ提供できる安心へ変換しているのですね。万一トラブルが生じた場合はどのように対応されていますか。
田中 フリマという形ではありますが、「出品から売却まで」「売却から納車まで」「取引後」のフェーズごとに担当スタッフがつき、何かあった際にはタイムリーに対応させていただいています。
よくあるケースが「納品された車に、事前に知らされていない傷がついていた」というもの。そこに関しては、車の査定時・引き上げ時・納車時それぞれの時点で車体を細かくチェックして写真に残すスキームにしており、いつついた傷なのかが明確にわかるようにしています。起こり得るトラブルに対してあらかじめ対策をとっておくことも、運営会社の責任だと考えています。
ー出品者側からすると、「出品したのに売れない」というケースも出てくると思います。そこへのサポートはありますか。
田中 おっしゃる通り、出品いただいても100%マッチングできるわけではありません。そこで、売りたい時期までに売れなかった場合に利用いただける「プロに任せる一括査定」という新サービスを始めました。
これは、当社が複数の買取業者に一括査定を依頼し、最高額を提示した業者から出品者様へご連絡させていただくというサービス。その金額にご納得いただければそのまま売却してもいいし、金額だけ把握して他の業者さんと交渉してもいい。このサービスは非常に好評で、「『カババ』では売れなかったけど、いい業者を紹介してくれてありがとう」という声をいただいています。
ー出品者・購入者どちらに対しても真摯な姿勢を感じます。一方で、プラットフォーマーであるアラカンはどのように収益を得ているのでしょうか。
田中 当社は1取引あたり一律の固定手数料を購入者様からいただいています。適正価格で車を取引していただくため、手数料を取引価格と連動させることはしていません。
一般的な中古車販売会社は、仕入れ価格と販売価格の差が利益になるので、「安く仕入れて高く売る」ことが当たり前。ただ、中古車の売買というのは、売り手から買い手に渡るまでに多くの業者を介するので流通コストが非常に高く、そのせいで「買取価格が安すぎる」「販売価格が高すぎる」という状態に陥っているのです。
『カババ』は個人売買なので、当社に在庫リスクはありません。オンラインなので実店舗やショールームを構える必要もなく、営業人件費もかかりません。通常の中古車売買と比べてコストを1/5に抑えられているため、手数料以上の利益をいただく必要がなく、その分お客様の「できるだけ高く売る」「できるだけ安く買う」を実現できているというビジネスモデルです。
ーそこまで消費者ファーストのサービスを徹底している背景には、どんな思いがあるのでしょうか。田中さんが起業された経緯もあわせてお聞かせください。
田中 私は昔も今も車が大好き。若い頃、憧れていた車種があったのですが、当時の私の収入では新車には手が出せず、中古車を買いました。そうしたら毎日2時間の通勤時間がすごく幸せな時間になって、「中古車を提供する仕事って素晴らしいな」と思ったんです。それが中古車業界に転職するきっかけでした。
ただ、業界で働けば働くほど、先ほどお話しした課題を痛感するように。中古車流通の「非効率」さ、情報を持っていない方や交渉の苦手な方が損をする「不透明」さ。そうした負の部分を根本から是正して、適正価格で車を売ったり買ったりできる世の中にしたいと強く思うようになったんです。「こういう業界・サービスをつくりたい」という思いと、「自分ならやり切れる」という自信、双方のバランスがとれたタイミングでアラカンを創業しました。
「もはや社員」と思うくらい、成果に直結する支援をいただいている
田中氏とジャフコ担当キャピタリストの丹羽泰之(左)
ー2023年、ジャフコを含む計7社から総額10億円の資金調達を実施しました。ジャフコからの資金調達を検討した経緯を教えてください。
田中 ジャフコさんとは前職で面識があったので、事業拡大に向けて資金調達を考え始めたときに最初にお声がけしました。ただ、当初はどの投資家の方からも事業の可能性や意義を理解してもらえず、苦戦しましたね。中古車売買というドメスティックな事業に対して伸びしろを感じていただけなかったり、成功事例の少ないフリマという事業に対して魅力を感じていただけなかったり...。実はジャフコさんの別の担当者には二度断られているんです。
丹羽 ジャフコとしては、当初から田中社長が実現されたい世界観には共感していました。社長のご説明はロジカルで納得度が高かったですし、業界を知り尽くしている社長だからこそできる細やかなサービス設計だと感じていました。ただ、論点になっていたのは、本当にこのビジネスモデルが成立し得るかというエコノミクスの部分。取引1台あたりの収益をプラスにしつつ、それを積み上げていく先にしっかり利益が生まれるのかが懸念点でした。
ーそれを乗り越えて投資実行に至った理由は?
丹羽 その後、実際の『カババ』の業績を拝見して、数字を細かく検証させていただいたんです。そこで十分に成立する確信が持てたので、ぜひご出資させていただきたいと思いました。
田中 数字の大まかな部分だけご覧になるキャピタリストが多い中、丹羽さんには「エクセルの生データをください」と言われて驚きました。ご自身で計算式も全部変えて、ネガティブシナリオとポジティブシナリオそれぞれで事業計画をつくってくださって...。そこまで踏み込んでくださる方は初めてだったので、当社の事業に対して本気で向き合ってくれていると感じましたね。
丹羽 ありがとうございます。社長は、圧倒的なドメイン知識と、知識をもとに適切に事業に落とし込む実行力をお持ちの方。業界広しといえど、社長ほどのケイパビリティを持つ方はいないと思うんです。その方が、業界の負の側面を解消したいという思いで事業に挑んでいる。純粋に尊敬していますし、私も全力でその支援をさせていただきたいと思っています。
ー今回の資金調達活動の中でジャフコという会社にはどんな印象を持ちましたか。
田中 ジャフコさんの経験値にはもともと魅力を感じていました。上場の実績が多いことはもちろん、「世の中を良くしたい」という社会的意義を持った会社に多く投資している点も好印象でした。
実際にやり取りをして感じたのは、やはり「事業を見る目の厳しさ」。先ほどの丹羽さんの姿勢もそうですし、二度断られたこと自体、きちんと事業を見てくれていることの証とも言える。ジャフコさんを味方にしたら、今後出てくる課題にも二人三脚で挑んでくれるだろうという期待値が非常に高かったです。
ー資金調達から半年ほど経ちましたが、実際のジャフコの支援はいかがですか。
田中 思った以上にハンズオンで支援いただいています。丹羽さんは毎週のマネージャーミーティングにも参加してくださっていて、もはや社員なのではと思うくらい(笑)。
最近の課題だったエンジニア採用は、ジャフコさんが手伝ってくれたおかげで成功し、開発体制を整備できました。また、鑑定士が出品者様のもとに伺うスケジュールを決めるアポシステムも、ジャフコさんの投資先で実績のあるベンダーさんを紹介いただき、クオリティの高いシステムを適正価格で開発していただきました。3月から稼働させていますが、鑑定日のスケジューリングが効率化したことで出品率がすでに大きく改善しています。
協力先を紹介してくれるVCはありますが、ジャフコさんには成果に直結する支援を明確にいただけていると感じています。我々としては、何としてでもIPOを実現して、最終的に数字でしっかりお返ししたいという思いで一杯ですね。
業界経験者だからできる中古車の適正価格の「基準値」をつくり、業界を健全に
ー資金調達を経て、現在はどんなことに取り組んでいますか。
田中 おかげさまで多くの出品依頼をいただいていますが、鑑定士の数が足りていません。全国に十分な鑑定士を配置し、鑑定にお伺いできるまでの期間を平均1週間以内に短縮することが直近の目標です。
実は、鑑定士を増やして出品車両を増やすことは、購入者様を増やすことに直結します。というのも、車を買いたい方がブランド名や年式などでネット検索したときに、『カババ』が上位にくるようにサイトを構築しているからです。
車を衝動買いする方は少ないので、広告などで集客するより、能動的に車を探している方にいかに『カババ』を見つけてもらえるかが重要。そのため当社は創業以来、購入者様向けのマーケティング費用は一切かけていないんです。
ー鑑定士の採用育成強化が、購入者の集客にもつながってくると。
田中 はい。『カババ』は業界特有の非効率・不透明さを排除したサービスなので、認知度さえ高まればマッチング効率はどんどん向上していくと考えています。
さらに言えば、近年車を買って手放すまでの期間が長期化していますが、車を買い換えるコストが大幅に下がるなら、事情やニーズに合わせてもっと気軽に車を売買できますよね。
『カババ』の普及に伴って皆さんのカーライフが変わり、中古車市場はさらに拡大していくと見込んでいます。
ーサービス自体が市場のポテンシャルを引き出すカギになるわけですね。最終的にはどんな世界観を目指していますか。
田中 中古車業界の課題を是正することが目標ですが、「中古車流通のシェアの大半を当社が占める」といった未来は目指していません。
シェア10%、つまり日本で車を売買する人の10人に1人は『カババ』を使うという世界観がつくれたら、残りの90%に対しても是正できるようになると考えています。
なぜかというと、『カババ』は中古車の取引価格を開示できるから。例えば家電を買うとき、『Amazon』や『価格.com』で相場を調べてから量販店に行きませんか? その相場を使って値下げ交渉をしませんか? 『カババ』がシェア10%程度になれば、同じように『カババ』で取引価格を確認する行為が当たり前になってくる。つまり、当社での取引価格が中古車の適正価格の「基準値」になるということです。
そうなれば法外な価格で買取や販売を行う会社が淘汰され、業界全体が健全になっていく。そこまで実現することが私の最終的なビジョンです。
ー業界の健全化に向けた挑戦は意義がある分、容易ではないと思います。業界からの逆風を感じることもあるのでは?
田中 ありますよ。でも、当社を良く思わない会社は、残念ながら健全ではないことをしているんです。実店舗でしか提供できないおもてなしや安心感で勝負している会社は、当社のことを脅威には思っていませんし、付加価値の分だけ価格が高くてもお客様は満足されるでしょう。
『Amazon』ができたからと言って、すべての書店や家電量販店がなくなったわけではありませんよね。むしろ、消費者の選択肢が増えたことはとてもいいことだと思います。私たちも既存の会社さんと共存共栄できると思っていますので、業界全体で中古車市場をより良く変えていけたらと願っています。
担当者:丹羽泰之からのコメント
中古車市場は、市場形成の過程の中で、買取店、オートオークション、販売店といった専門仲介者が登場し、売り手を離れてから買い手に届くまでに中間マージンが積み重なる構造となっています。この課題に対し、アラカン社は自動車フリマの「カババ」を立ち上げ、従来の分厚い中間マージンを圧縮し、中古車流通の大幅な短縮に成功しています。中古車を個人間で取引する際の大きな問題点である売却者・購入者双方の「安心感」の醸成のために、あえて自社で鑑定士を抱えたり、諸手続きを代行したりしつつも、エコノミクスを成立させている田中社長の事業構築力に魅力を感じ、ご出資いたしました。約4兆円といわれる巨大な市場でのアラカン社の挑戦の成功に貢献すべく、JAFCOも汗をかいて伴走してまいります。