リスクマネーを供給し、スタートアップの成長を支援していく──これは多くの人がイメージするVC(ベンチャーキャピタル)による投資の形でしょう。ジャフコは創業期からシード・アーリーフェーズのスタートアップに対して投資をしているほか、バイアウト投資も実行しています。多くの人にはベンチャー・スタートアップへの投資のイメージが強いかもしれませんが、実はバイアウト投資は1998年に始まっており、25年の歴史があります。
バイアウト投資では、事業継承等の伝統的な領域に加え、ベンチャーバイアウト投資(アーリーステージの企業をバイアウトする投資)の事例も増えつつあります。2023年9月27日に東証グロース市場に上場した、AIソリューション事業を手がけるAVILENもその1社です。2021年1月に資本参加し、これまでに培ってきた経営支援ノウハウ、広範なネットワーク、スタートアップが保有する最先端テクノロジー・サービスへの知見を活かし、さまざまな支援をしてきました。
「スタートアップの成長」という観点で、ジャフコの資本参加は具体的にどのような影響があったのか。AVILEN代表取締役の高橋光太郎氏とジャフコの担当者である事業投資部 柳舘勇介に話を聞きました。
【プロフィール】
株式会社AVILEN 代表取締役/ データサイエンティスト 高橋 光太郎
東京大学大学院修了。機械学習による即時的な津波高予測の研究に従事。 金融データ活用推進協会標準化委員。 創業メンバーとしてAVILENに参画し、2021年から代表取締役。最新のテクノロジーを、多くの人へ届けるべく経営を行う。 また、日本ディープラーニング協会にてデジタル人材定義や育成について議論しており、著書の「最短突破 ディープラーニングG検定問題集」は一万部を突破。
ジャフコ グループ株式会社 事業投資部 柳舘 勇介
大手監査法人IPO部門を経験した後、FAファームにてフランス等海外駐在のもと、クロスボーダーの投資支援業務を担当。2020年に当社入社。公認会計士。
データやアルゴリズムを通じて世の中を良くしていく
──まずはじめに、AVILENを設立した経緯を教えてください。
高橋:AVILENは知人たちと共同創業した会社です。設立自体は2018年ですが、その前からウェブメディア「全人類がわかる統計学」を運営し、統計学を中心とした学習記事を数多く掲載するなどの活動をしていました。
共同創業者の多くがAIを研究していたこともあり、AIに関する事業をやっていくのがいいのではないかと思ったんです。AIは大きな可能性を秘めている技術だと考えていましたが、2018年当時、AIの可能性を感じている人は今よりも多くありませんでした。労働人口が今後40年で60%程度に減少し、先進国の中でも労働生産性が低い日本において、AIというテクノロジーは様々な業務を自動化・効率化し、人間では出来ない付加価値の添加も可能であり、その活用は極めて重要です。
一方で理解している人や活用している人は少なく、知識をインプットするための教材も当時は100〜150万円と高額なものが溢れていました。
AIで世の中を変えていくためには、AIのことが分かる人を増やしていかないといけない。今後大きく伸びていく可能性があるのに、社会実装も進んでいなければ人材も不足している。それを解決しなければならないと考え、そしてこれだけ何もできていないのは、チャンスだとも思い、2018年にAVILENを創業しました。
そのタイミングで改めて自分たちがやりたいことは何かを考えた結果、データやアルゴリズムを通じて世の中を良くしていくことだと思いました。あらゆるものがデジタル化していくと、世の中にはたくさんのデータが生まれます。そうすると、データをもとに予想や判断など、いろんなことが自動化・効率化できるようになる、その世界を早く実現したいと思ったんです。
そのためにはシステムやAIの内制化体制の構築や人材の育成、AI搭載ソフトウェアの開発が必要になるのですが、そこまで手が回っている企業は多くありません。ほとんどの企業が人材に困っており、どうAIを活用していけばいいかも分からずにいます。であれば、その課題を解決すべく、デジタル組織開発サービスやAI技術実装サービスを企業に対して提供しています。
──今でこそ生成型AI「ChatGPT」を筆頭にAIが大きく注目されていますが、2018年当時はそこまで注目度も高くなかったように思います。創業からの5年間、大変だった時期もあったのではないでしょうか?
高橋:今はBtoB事業をメインに大手企業とも取引することが増えましたが、創業の頃は学生たちが立ち上げた会社ということで信用もなく、大手企業と取引をするのは難しい状況にありました。そのため、まずはtoC向けに"教育事業"を展開しました。最初の数年間は事業を仕込む側面も強かったため、なかなか大変なことも多かったなと思います。
長期的な成長、ビジョンの実現にはジャフコの力が必要だった
──ジャフコとはどのようなきっかけで出会ったのでしょうか?
高橋:「最新のテクノロジーを、多くの人へ」という弊社のビジョンは壮大なものだと思っています。これを実現するためには企業として信頼を獲得し、PoCを続けるだけでなく価値のある大型の変革プロジェクトを数多くやっていくことが大事だと思ったんです。
そういった取り組みが実現できそうなパートナーを探しており、数社と話をする中でジャフコさんにもお会いしました。当時は「もっと成長したい」「より大きなプロジェクトに携わっていきたい」という思いが強かったんです。
柳舘:AVILENの投資を検討していたタイミングは創業してから2年ほど。まだまだ走り始めたばかり、というフェーズでした。ただ事業領域はデータサイエンスの文脈で、社会的なニーズの高まりと将来性は強く感じていました。この領域は人が採れない、給与が高いなどリソースに慢性的な課題がある中で、AVILENはデータサイエンティストの育成や確保、供給に強みを持った会社ということもあり、時代背景を的確にとらえている。創業から2年ではありますが、ビジネスモデル、経営基盤を強化すれば底堅く成長できると感じました。
日々、技術のアップデートがある業界ですが、AVILENは日常的に最新の研究に触れているメンバーも多く、社内に最新技術へリーチする仕組みがあることから、持続的な成長性があると見ていました。この最新技術の適応力から、創業間もないスタートアップでありながら、大手コンサルティングファーム等競合企業を差し押さえ、大手金融機関からも案件を獲得していたのは印象的でした。
──さまざまな選択肢もあったと思います。なぜ、ジャフコからの資本参加を受けることにしたのでしょうか?
高橋:AVILENのことを主語にして物事を考えてくれており、パートナーとしてビジョンを達成するために必要なサポートをしてくれると感じたんです。それこそ、ジャフコさんからIPOやM&Aの話をもらい、そこで現実的な選択肢としてイメージすることができました。もちろんIPOやM&Aに関しては知っていましたが、あまり現実味を持てていなくて。あまり自分たちとは関係のないことかもしれないと思っていたんです。
ただジャフコさんと話をする中で、IPOやM&Aがビジョンを素早く実現するための手段であることがわかって。ジャフコさんに資本参加してもらうことで、組織規模を大きくしたり、資金を集めたり、信頼を獲得したりできる。今まで以上のスピード感を持ってビジョンの達成に向かっていけると思ったんです。IPOにとどまらず、AVILENの長期的な成長に向けてジャフコさんと一緒に走っていった方がいいと思い、資本参加いただきました。
他社と話をする機会もあったのですが、その多くがいち企業のAI部門になってしまうような話でした。それだとビジョンの達成が難しくなってしまう。ただ、ジャフコさんはAVILENのビジョンは崩さず、むしろビジョン達成のスピードを加速させるために一緒にやっていく。ジャフコさんの考え方がAVILENの成長には欠かせないと感じました。当初、さまざまな投資家がいる中で、意思決定に関して不安がなかったと言えば嘘になりますが、実際に資本参加いただいた後の不安はありませんでした。
柳舘:投資担当者という仕事柄、多くのスタートアップと触れ合う機会があります。さまざまな会社と話をする中で、AVILENの組織は特に「規律」があったのが印象的です。友人同士で始めたスタートアップは少し事業が回りだすと、組織上にゆるみが生じ、それはビジネス上であらゆるひずみを生じさせてしまいます。
ただ、AVILENはKPI(重要業績評価指標)といったマネジメントスキルではないですが、ビジョンに向かって真っすぐに突き進む経営陣の厳しい姿勢が、組織としての「規律」を生んでおり、その「規律」こそが高い成長を遂げることができた根本的な理由だと思います。今までと違う考え方、やり方であっても、ビジョンを達成するために必要であるとなれば、「やったほうがいいよね」とすぐに軌道修正を図れる。そういう組織は強いと思いましたし、彼らの成長をサポートしていきたいなと思いました。
高橋:実際、ジャフコさんにはすごくサポートをしていただきました。特に管理部の体制構築の支援や採用支援は大きかったですね。管理部の体制構築に関しては、CFOの候補者を探すところから始まり、経営管理部長の採用など、組織構築の部分もそうですが、オペレーションをつくってまわす部分でもたくさんアドバイスをいただきました。人材採用と組織のルール整備の知見をジャフコさんは豊富に持っており、すごく助けられました。また、経営幹部レベルのメンバーを採用するのは非常に大変なのですが、ジャフコさんが一緒にやってくれると会社の信頼感という意味でも採用しやすくなる。非常に心強かったです。
「資本参加」を成長するための選択肢として広めていきたい
──AVILENは2023年9月にIPOしました。振り返ってみて、何がポイントだったと思いますか?
高橋:ジャフコさんと出会ってIPOや連続的に新たな買収を行う「ロールアップ戦略」を提示していただき、その手段がAVILENのビジョン実現により近づくなと感じました。実際、世の中にはデータを持っているが活用がうまくいっていない企業は多く、そういった企業でロールアップ戦略で買収していけば、面白いことができそうだな、と。そのためにIPOすることが重要だと思い、ジャフコさんに資本参加いただき、まずはIPOにコミットしていくことにしました。
柳舘:IPOに関しては、まず市場環境がとても良い(社会的ニーズがある)というのが大きかったと思います。AVILENの事業領域は長期的な市場拡大が期待されており、その中で大塚商会など大手企業との相互補完関係なども構築できたことで、今後の成長可能性を評価していただけたのではないかと思います。
先端技術を取り扱う業種の特性から、若いメンバーも多く在籍していますが、経験豊富なシニアのマネジメントメンバーにも恵まれ、グロースとステーブルのバランスを上手く保ちつつ、市場拡大の流れを捉えられていると思います。
高橋:成長のスピードを加速させ、次のフェーズに進んでいくための選択肢として資本参加いただき、パートナーシップを組むのは非常に面白い選択肢です。どのスタートアップにも、どこかで踊り場となるタイミングが来ると思います。そこでさらに成長するための選択肢として、パートナーシップを組むというのがもっと広まればいいなと思います。
スタートアップ同士が戦略的に資本連携するハブとしても機能していく
──最後に今後の展望についても可能な範囲で教えてください。
高橋:AIやデータを活用することが当たり前になるのは間違いありません。戦略なきアクションは疲弊するだけであり、根本からビジネスモデルや仕事のプロセス、組織体制を見直すべきです。また、技術発展のスピードが早いこともあり、経営側はどの問いを解くのか、何をしたらいいのか困っている部分はあると思っています。
だからこそ、AVILENはテクノロジーと顧客を深く理解したパートナーとして、経営側の問いをつくりにいく。まずは、その部分の取り組みを大きくしていきたいと思っています。
それに加えて、M&Aにも注力していきたいです。データは持っているけれど、活用しきれていない企業は多くあります。デジタルやAIの力でバリューアップできる企業をAVILENが買収し、そこにAIやデジタルの要素を入れて変革していく。AVILEN自身が大手企業の問いを立てるだけでなく、買収して変革していくこともやっていきたいです。それが実現できたら、より多くの人に間接的にテクノロジーの恩恵を届けられると思っています。
柳舘: スタートアップは、尖った能力や新しいビジネスモデルを用い、大企業では成しえないアジリティ(機敏性)を活かして、市場を創り出すのが特徴です。こういったスタートアップの特性は社会的にも認知されており、プライベート・マーケットにおける資金調達環境も整ってきていると思います。
他方で、こういった尖った能力や新しいビジネスモデルを最大限に活かすための経営力に課題を感じているスタートアップも多いと感じます。経営者自身もゼロイチが得意だったり、スケールが得意だったり、特色があるので、ジャフコがハンズオンのサポートをした上で、会社、ビジネスをフェーズに応じた適切な経営者へ橋渡ししていく機能も担えればと思っています。
また、これはスタートアップ業界全体に言えることですが、過度にプレーヤーが分散し、小規模多数な市場構造になってしまった結果、経済全体としても不効率な部分があるなと感じています。新しいビジネスモデルを立ち上げるために起業するも、気がついたらみんな同じことをしており、独自性や競争優位性も乏しく、顧客を取り合う状態になっている。
過度なプレーヤー分散は無駄な管理コストも生じさせ、本来は成長施策へより投下すべき資金が管理コストに回ってしまったりと、経済全体としても不効率な状態になりえます。だからこそ、スタートアップ同士がM&Aを活用し連携していくことで、互いの強みを共有し、成長力を増強する取り組みができるといいと思っています。
ジャフコはベンチャー投資とバイアウト投資の両輪をやっているファンドです。「企業の第二創業にコミットし、ともに未来を切り開く」をテーマに、スタートアップであっても事業承継の受け手となることもある。今後は、さらなるグロースを企図して、スタートアップ同士が戦略的に資本連携するハブとしても機能していけたらと思っています。
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撮影:小田 駿一
デザイン:いつみ あすか
企画:徳井 麻衣(JAFCO)/ 小宮 明子(PRAS)