「新事業の創造にコミットし、ともに未来を切り開く」というミッションのもと、ジャフコ グループ(以下、ジャフコ)は設立以来、さまざまな革新的サービスを起業家と生み出してきました。新事業を創造するために、"CO-FOUNDER(共同創業者)"としてのジャフコという考えを胸に、起業家の方々を支援してきています。
一方で、起業家側から見たときにジャフコの支援はどのように映っているのでしょうか。今回はジャフコの投資先であり、2021年12月に東証マザーズ(現:東証グロース)市場に上場したFinatextホールディングス代表取締役社長CEOの林 良太氏と投資担当であるチーフキャピタリストの小沼晴義が対談を実施。起業家、投資家側の視点から見た「VCの役割」について、語り合いました。
【プロフィール】
株式会社Finatextホールディングス 代表取締役社長CEO 林 良太
2008年東京大学経済学部卒業後、英ブリストル大学でコンピューターサイエンスを学び、日本人初の現地新卒でドイツ銀行ロンドンのテクノロジー部門に入社。後にグローバル・マーケッツ部門に移り、ロンドン、欧州全域の機関投資家営業に従事した後、ヘッジファンドを経て2013年12月に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)を創業。現在は持株会社であるFinatextホールディングスの傘下にフィンテックソリューションを開発・提供するFinatext、オルタナティブデータ解析のナウキャスト、証券プラットフォームのスマートプラス、次世代型デジタル保険のスマートプラスSSI等を擁し、「金融を"サービス"として再発明する」をミッションに、パートナー企業とともに組み込み型金融を推進している。
ジャフコ グループ株式会社 チーフキャピタリスト 小沼 晴義
1992年4月入社より現在までベンチャーキャピタル部門でスタートアップへの投資活動を行っている。2022年4月チーフキャピタリストに就任。主な投資領域はFintech、SaaS、Market place、Robotics、Age Tech。TRACK RECORDは以下の通り。関与した投資先のIPOは22社、M&Aは10社。Forbes Japanが選ぶ日本で最も影響力のあるベンチャー投資家 BEST10 2017年10位 2019年3位 2022年 4位。Japan Venture Awards 2020 ベンチャーキャピタリスト奨励賞受賞。
"尖っていた起業家"がジャフコから資金調達するまで
──改めてになりますが、Finatextを創業した経緯について教えてください。
林:簡単に経歴を説明すると、自分は東京大学経済学部を卒業後、イギリス ブリストル大学でコンピューターサイエンスを1年専攻。その後、ドイツ銀行ロンドンのテクノロジー部門に新卒で入社しました。アルゴリズムトレードのシステム開発を経験した後、グローバル・マーケット部門に異動し、ロンドンやヨーロッパ全域の機関投資家向け営業に従事し、2012年末に日本に帰国しました。
日本に帰国してみて痛感したのは、金融サービスが「使いづらい」ということです。当時はアプリもなかったですし、自分は日本で働いた経験がないことからクレジットカードの審査も通りませんでした。海外と比較して、日本の金融サービスはなんて使いづらいんだろうと思いました。日本は"失われた30年"と言われるように、よく「成長率の低さ」や「世界における日本企業の存在感の低下」が指摘されます。その理由はいくつか考えられますが、自分が気になっていたのは金融サービスが20〜30年前から変わっていないことです。
かつてはグローバルの時価総額トップ10の中に日本の銀行が複数社入っていましたが、今では米国や中国の銀行に取って代わられ、日本の金融機関の存在感は薄れてきています。その背景には、テクノロジーを活用して金融サービスが進化してこなかったことがあります。そこに大きな課題感を持ち、日本の金融サービスの競争力を上げるような事業を作ることで、日本経済の活性化にも貢献したいと考えるようになったんです。
そんな思いから、2013年12月にFinatextを設立しました。
──Finatextは2017年5月にジャフコ グループから約14億円の資金調達を実施しています。VC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達は当初から考えていたのでしょうか?
林:実を言うと、創業当初は外部からの資金調達は全く考えていませんでした。創業当時は自分も尖っていて鼻息も荒かったので、「VC? 大丈夫なの?」くらいの感じだったんですよね。いま振り返ると、非常に恥ずかしいなと思うのですが(笑)。
小沼:ジャフコが林さんに初めてお会いしたのは、2014年6月頃だったと思います。(私が投資2グループの責任者をしていた時に)当時の部下だった小野修司さんが林さんとお会いしています。当時、スマートフォン向け株アプリ「あすかぶ!」はまだリリース前で、株式情報サービスをやっていたと記憶しています。
林:すごい懐かしい(笑)。株式の情報サービスをやっていました。投資銀行時代の経験から、「自分が欲しいと思う金融サービスはみんなも欲しいだろう」と思って、いざ開発してみたら全然ダウンロード数も伸びなくて。全くニーズを掴めていなかったんです。
そんなタイミングでジャフコの小野さんから連絡が来たんです。自分はそこで初めてジャフコのことを知りました。「ジャフコってどんな会社なんだろう?」と思って検索したら、すごく歴史もあって大きな会社で驚いたのを覚えています。
小沼:私が林さんとお会いしたのは2015年7月だったと思います。その頃のFinatextは前述の「あすかぶ!」のほか、FX投資教育アプリ「かるFX」というサービスもリリースするなど、一定の事業基盤が出来上がっていました。そうした中、Finatextは次の事業の柱となるような新規事業の立ち上げを模索しており、成長資金を求めているようなフェーズでした。そこから資金調達に関する壁打ちが始まっていきました。
Finatextには「投資しない理由がない」と思った
──なぜ、ジャフコから資金調達しようと思ったのでしょうか?
林:今は完全に逆ですが、当時はまだ起業家が"売り手市場"だったんですよ。また、自分は起業してからの実績は大したことありませんが、当時は過去の経歴も含めて注目を集めるなど、非常に"美味しい時期"だったこともあり、「出資させてください」という話が多くありました。そうした中で、ジャフコに決めた理由は大きく2つあります。
1つ目はジャフコが自分の想像以上にFinatextの企業価値を高く評価してくれていたことです。今はバリュエーション(企業価値評価)がすべてではないと言えますが、当時はまだバリュエーションを気にしていたんですよね。まだまだ実績もない中で、自分が想像していた以上にバリュエーションを高く設定してくれたことが嬉しかったんです。
もう1つは、自分のことを相当理解してくれていると感じたからです。ビジネスモデルや事業戦略などの基本的なヒアリングを実施した上で、投資担当取締役の三好啓介さん(現:ジャフコ取締役社長)が生い立ちなどについて1時間半ほど聞いてくれて。自分のパーソナリティの部分への理解も含めて、ジャフコが良いなと思いました。
──ジャフコはFinatextのどこに可能性を感じていたのでしょうか?
小沼:「あすかぶ!」や「かるFX」といったBtoCサービスで売上も出ていて、一定の事業基盤が出来上がりつつありました。また、Finatextは2016年8月にはナウキャストを買収し、機関投資家に対するビッグデータ解析サービスを始めるなど、将来的にはBaaS(Brokerage as a Service)と言われる"証券プラットフォームサービス"を展開することも戦略として考えられていたんです。今後成長が見込まれるFinTech領域であり、なおかつ「金融DX」という本丸を狙いに行っている。それに加えて、投資銀行出身の林さんと伊藤祐一郎さん(取締役CFO)が経営陣にいる。BaaS事業が立ち上がる前というタイミングも踏まえて、「これは投資しない理由がないな」と思い、Finatextへの投資を実行しました。
──2018年7月には追加の資金調達を実施しています。
林:KDDI、ジャフコ、未来創生ファンドから60億円の資金調達を実施できたことは、Finatextにとって非常に大きかったですね。今だから話せますけど、KDDI主体のラウンドということもあり、ジャフコは投資に乗ってこないと思っていました。ただ、それでも「投資する」と言ってくれたときは、Finatextのことをすごく信頼してくれているんだなと感じました。聞こえが良いことばかり言う投資家はたくさんいますが、ジャフコはそうではないんだと実感しましたね。さらにやる気が出ましたし、投資するという意思決定をしてくれた小野さん、小沼さんの面子は絶対潰せないと思いました。
小沼:自分が考えるVCの根源的な役割は、起業家が事業資金を調達したいと思ったときに提供することだと思っています。パフォーマンスやROI(投資利益率)の観点で厳密に考えると、「どうなのか」という第三者の目線はあるかもしれません。ただ、FinatextがBaaS事業を成功させるためには一定の事業資金が必要になると判断しました。そのため、ジャフコとしても思い切った意思決定をし、大きめの金額を投資することにしました。
泥臭い支援とモメンタムの向上、起業家がジャフコに感じる価値
──これまでを振り返って、ジャフコのサポートで助かった部分はどこでしょうか?
林:資金面でのサポートはもちろんですが、それ以上に営業面での支援はすごく助かりました。特に上場を目指していく後半のフェーズで非常に助けられました。今までFinatextは問い合わせベースで営業をしてきたのですが、ジャフコの人が営業先を紹介してくれたり、セミナーを開催してくれたり。資料作成など泥臭いことも含めてサポートしてくれたので、すごく良かったです。それこそ、KDDIはジャフコに紹介してもらったんです。ジャフコのサポートがなければ、上場できなかったと思っています。
小沼:合計で40〜50社ほど紹介させていただいたと思うのですが、なかなか成約に結びつけられなくて。非常に申し訳ないことをしたなと思っています。
林:いや、全然そんなことないですよ。結果は運が占める割合も多いので。それよりも、Finatextの成功のために、アクションの数で助けてくれたことがありがたかったです。
小沼:Finatextに成功してほしい、という気持ちだけで行動していましたね。
林:小沼さんは自分が困っていそうだな、面倒だと感じていそうだな、ということに気づいてサッと助けてくれるんです。すごくありがたい存在です。
小沼:起業家の邪魔をしたくないという気持ちはありますね。事業などの知見に関しては日々現場でオペレーションを回されている人たちの方が間違いなくある。そこにはどうやっても敵わないので、別の観点でサポートできることがあれば、といった気持ちでした。
林:個人的な考えですが、ジャフコは「日本のバークシャー・ハサウェイ」になりつつあると思っています。なぜかと言うと、「ジャフコが投資したら成功する」みたいなモメンタムが生まれるからです。
会社には実態の事業とモメンタムがあると思っていて。モメンタムが生まれることによって、実態が後からついてくるということは往々にしてあります。日本人はモメンタムを軽視しがちですが、いかにモメンタムを生み出せるかはけっこう重要な要素だと思っています。
日本において、トラックレコードがあり歴史が長いVCはジャフコだけです。そのため、ジャフコが投資するとそれが太鼓判になり、周囲の会社も「きっと大丈夫だろう」ということなり、新たなビジネス機会の創出にもつながり、他の投資家も投資のテーブルに入ってくるようになります。自分自身、ジャフコに投資してもらったことで、「頑張らなきゃ」とスイッチが入りましたし、そういった役割もあると思います。
──小沼さんの視点から見て、いかがですか。
小沼:VCの役割は事業ステージによって大きく変わると思っています。創業前後のフェーズと事業立ち上げ前後のフェーズでは求められることは全然違うはずです。VCができるサポートとして資金、採用・営業支援などがあるでしょうが、大事なのは起業家が必要とするサポートをすることです。自分たちが必要だと思うことよりも、起業家や会社が求めている潜在的ニーズにどう応えるか。この視点が何よりも大事なのかなと思います。
目の前の壁を乗り越えた先に新しい景色がある、Finatextの今後の目標
──Finatextは2021年12月に上場しました。今後の目標についても教えてください。
林:上場後、会社としては非常に苦しい時期も経験しましたが、ようやく成長の軌道に乗せることができました。いまの短期的な目標は公募売り出し価格(1290円)で投資してくれた投資家の人たちに報いるということです。まずは、きちんと株価を公募売り出し価格の時にまで戻すことを第一の目標にしています。投資家の人たちはマーケットの雲行きが怪しいと思っている中でも、自分という人間を信頼して投資してくれた。その思いに応えず、逃げ出すような経営者にはなりたくないのでなんとかして期待に応えたいと思います。
また、長期的には「金融がもっと暮らしに寄り添う世の中にする」というビジョンを掲げていますが、千里の道も一歩から。大事なのは目の前の壁を乗り越え続けることだと思っています。目の前の壁を乗り越え続けていった先に、ビジョンやミッションの実現がある。今の時代は変化の流れも早く、長期的で変わらぬ計画を持つことは難しくなってきています。Finatextはまだまだ社会的インパクトを出すほどの規模ではないので、まずは目の前の壁を1つずつ越えていく。越えた先の新しい景色を見て、また新しい壁を登っていく。それを楽しみながら続けていこうと今は思っています
上場企業の良い部分は四半期ごとに試験があるところです。相手の目に晒されるので、短期的な成長が求められる。長期的な目線を持って新しい挑戦をするためには、短期的な成長というトラックレコードが必要です。そのためにも、ビジョンやミッションは持ちつつも、まずは足元のことをきちんとやっていき、着実に成長していきたいと思います。
撮影:小田 駿一
デザイン:いつみ あすか
企画:徳井 麻衣(JAFCO)/ 小宮 明子(PRAS)