人と組織の問題は、企業の成長に大きく影響します。特にスタートアップでは、事業拡大のスピードが早い分、ミッションやビジョンの実現に向けた「組織づくり」が必要不可欠です。
ジャフコはこのようなスタートアップの課題に対し、採用支援はもちろん人事制度設計や組織開発にまで踏み込んで投資先をサポートしています。今回は、創業直後の2018年4月の初回投資後、現在にいたるまでHR領域で伴走させていただいている株式会社Synspectiveへの支援について、株式会社Synspective代表取締役CEOの新井元行さんとビジネスディベロップメント部の坪井一樹、投資部の長岡達弥がお話しします。
【プロフィール】
株式会社Synspective 代表取締役CEO 新井 元行(あらい・もとゆき)
米系コンサルティングファームにて、5年間で15を超えるグローバル企業の新事業/技術戦略策定、企業統治・内部統制強化などに従事。その後、東京大学での開発途上国の経済成長に寄与するエネルギーシステム構築の研究を経て、サウジアラビア、バングラデシュ、ラオス、カンボジア、ケニア、タンザニア、そして日本の被災地等のエネルギー、水・衛生、農業、リサイクルにおける社会課題を解決するビジネスを開発、展開。衛星からの新たな情報によるイノベーションで持続可能な未来を作ることを目指し、2018年に株式会社Synspectiveを創業。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 博士(工学)。
【株式会社Synspective】
自社による小型SAR衛星コンステレーションを持つ、ソリューションプロバイダー。「新たなデータとテクノロジーによって人々が能力を最大限に発揮し、より持続可能な未来に向けて着実な進歩を遂げる"Learning World"を実現すること」をミッションに、小型SAR衛星と関連システムの開発・製造・打上を通じた衛星コンステレーションの運用と、その取得データおよびデータ解析ソリューションの提供を行っています。
創業して数年は退社ゼロ。しかしその後「100人の壁」に直面
─まず、Synspective社の手がける宇宙ビジネスについて教えてください。
新井 私たちSynspectiveは、小型SAR衛星の開発と運用の他、取得データを活用したソリューションの提供を行っています。
SAR衛星は、一般的な光学衛星とは異なり、時間帯や雲の状況にかかわらず「いつでも、どこでも」地上を観測できる衛星です。従来は技術的に小型化が難しく、打ち上げコストの高さがネックでしたが、日本政府が主導するImPACT(革新的研究開発推進プログラム)で小型化に成功。当社はその成果を社会実装するために2018年に創業しました。
株式会社Synspective 代表取締役CEO 新井 元行氏
当社の特徴は、小型SAR衛星の開発と運用だけでなく、取得データの解析とソリューションの提供まで、ワンストップで行っていること。小型SAR衛星自体、新たなデータをもたらすことは間違いありませんが、そのデータを解読して必要な情報を抽出しなければ、持続可能な未来の実現に貢献できません。データの創出とその理解を通じて、自ら学びを蓄積していく"Learning World(学習する世界)"の実現を目指すからこそ、一気通貫でのサービス提供にこだわっています。
─宇宙ビジネスという特殊性、専門領域の複数性はもちろん、初回投資で数十億規模の資金調達を果たされており、採用で求める人物も非常にハイレベルな方が多かったのではないでしょうか。そうした重圧などに鑑みると、創業からの組織拡大は難しかったのではないかと推測しますが、いかがでしょうか。
新井 そうですね。数億という話が、終わってみればその何倍もの出資を受けることとなりましたので最初は驚きましたね。ただ、むしろ創業から3年間は「覚悟を決めて入社をしてくれた」メンバーが多かったので退職者もおらず、創業から数年で100名の従業員を抱えるまでに成長できました。
当時は、「プロフェッショナルによるネットワーク組織」を掲げ、個人として優秀であるだけでなくチームメンバーと共に試行錯誤し、ボトムアップで事業を作り上げられる人材に絞って採用していました。その基準にそって厳密に採用したことや不確実性の高い事業にもかかわらず、社員が大きな覚悟を決めて入社してくれたことなどが、退職者が出なかった背景だと思いますね。
─ところが、その後組織課題に直面することになったと。
新井 はい、社員数が70-80名に到達した頃から、徐々に組織に変化が生じてきました。いわゆる「100人の壁」ですね。
それまでは、特に意識しなくても、社内全体で「目標やビジョン」を共有できるような雰囲気があったのですが、組織が急激に拡大し、社員同士の相互理解が追いつかなくなるように。さらに追い打ちをかけたのが「コロナ禍」です。Synspectiveの場合はそれぞれの専門領域が複雑なのにもかかわらずオンラインに移行したことで、面と向かって会話することが減り、結果的にお互いの考えていることが見えづらくなってしまいました。
そこに拍車をかけたのが「サイロ化」です。そのような状況でもSynspectiveの社員は優秀で、責任感の強い方が多く、自発的に何かを変えようと取り組みを進めてくれました。しかし、全社的な動きが見えづらくなれば、それぞれが部分最適で動いてしまうもの。当時は、マネージャーを組織して階層構造を作り始めていたときでしたから、結果的により全社的な動きが見えにくい組織になりかけていました。
─「100人の壁」を乗り越えるに当たり、どのようなことに取り組んだのでしょうか?
新井 仕組み化のようなハード面の取り組みと、マインドや価値観のようなソフト面の両面でのアプローチを行いました。
例えば、ソフト面の取り組みはコツコツと時間をかけて取り組みました。やはり初期メンバーでは阿吽の呼吸で伝わるものも、新しいメンバーには伝わらない。クレド(行動規範)1つとっても文字になる前の価値観の部分から、伝える必要がありました。そのため、Synspectiveの価値観にある背景や経緯をきちんと理解し合うこと。
Synspectiveとしての認識を揃えるためには、時間をかけて話し合うことが必要だと考え「CEOffice hour」のような私と1on1ができる取り組みを始めました。ハード面の取り組みも、現場に近いマネージャー陣を中心にヒアリングし、経営戦略室のメンバーと改善に向けての取り組みを進めながら、現在も徐々に仕組み化をしている最中です。
ただ、組織課題には仕組みで解決できるものと、そうでないものがあります。どちらかではなく両方をきちんとやっていく必要があるため、引き続き改善を進めています。
サーベイで組織状況を可視化したことで、組織戦略の方向性と施策を導き出せた
─組織が再度拡大する中で、ジャフコにHR支援の相談をした背景やきっかけを教えてください。
新井 人事制度のアップデートを図りたいというのが当初の相談の意図でした。組織拡大で、より正確に社員を評価できる仕組みを作ろうと考えたのです。
また、その頃ちょうど組織体制も変更し、目指すべき組織像を再検討したいタイミングでもありました。ジャフコさんには初回投資からお世話になっていましたし、長年スタートアップに携わってきたVCでもあります。第三者的にSynspectiveを評価してもらいたいと思い、組織戦略についての相談を持ちかけました。
坪井 当時のSynspectiveは、組織づくりに対する強い思いを持ち、明確なバリューとしてクレドを掲げている一方で、それらをどのように会社全体として体現していくかまでは描き切れていない印象でした。そのため、まずは組織サーベイを実施し、社員の皆様が何を会社に求めているかを明らかにしながら、あるべき組織の姿を考えましょうと提案をしました。
ジャフコ ビジネスディベロップメント担当の坪井 一樹
─取り組んだ組織サーベイの内容や得られた気づきについて教えてください。
坪井 まず、会社への期待や現状のGAPを把握した上で組織づくりを推進するために「Organization Survey」を実施しました。事前に経営陣の皆さんとは、2年後のSynspectiveが描く理想の組織像について、サーベイ項目を生かしながら対話しましたね。
サーベイ結果を見てみると、経営陣の理想とする組織のベクトルと社員の方々が期待するベクトルが似ていました。具体的には、企業理念の発信や戦略への納得感、より周囲との協働関係を高めていくことが必要であることが明らかになったのです。ここで経営と現場のベクトルが異なるとコミュニケーションに時間がかかるのですが、Synspectiveがコミュニケーションやクレドを大切にされてきたこともあってか、理想の組織像のベクトルが同じ方向性だったことは印象的でした。
新井 社員がサーベイで伝えてくれた懸念ポイントについては、「CEOffice hour」を通してリアルタイムで把握するようにしていましたし、他のマネージャーたちも同様の試みを行っていたため、大きな齟齬が出なかったのだと思います。
今回のサーベイで、客観的・定量的なデータを収集できたのは大きな収穫でした。このデータを活用し、継続的な効果検証につなげ、チームビルディングを進めていく文化を作りたいですね。
─サーベイ結果について、具体的にはどのように活用されるのでしょうか?
坪井 あくまでサーベイは組織状況を定量的/定性的に「知る」ためのものです。その結果をもとに優先的に解決していく課題の抽出と対策の実行を通じて、組織を「変える」必要があります。そこで私たちは「Organization Learning Session」略して「OLS」という経営陣の皆様と共に、ワークショップによる対話を継続的に実施する場づくりから始めました。課題のない組織はないため、組織づくりの実践から得たもの・感じたものを継続的にコミュニケーションできる機会に価値があると考えたためです。
「2年後にどんな組織状態になっているのが理想か?」をテーマにディスカッションをしたのもOLSの一環として取り組んだものですね。最初のサーベイとOLSの実施後には、新人事制度の導入に伴う目標設定やクレドのワークショップの実施、月次のオールマネージャー会議の開始などの組織づくりが進んでいます。
新井 サーベイに基づき、課題に対する正確な状況把握と今後のアクションを検討できたのは、ジャフコさんのおかげです。サーベイの結果だけでは、組織がどのような状態なのかを詳細に把握することはできません。結果の分析や解釈の方法が、会社の実情によって異なるからです。
ジャフコさんは、VCとしてあらゆるスタートアップに投資し、支援してきたからこそ、当社に適した読み解き方を教えてくれたと思いますね。今後は引き続きサーベイを定点観測的に使用し、課題抽出と施策実行を繰り返しながら組織の結束感をさらに高めていきたいと考えています。
坪井 今回のサーベイやワークショップを通して、Synspectiveの組織づくりの方向性が見えてきました。特に明確になったのは、人事制度といったハード面と、マインドなどのソフト面のバランスですね。Synspectiveは、制度をきっちりと固めるよりは、マインドを軸にして判断できるゆとりを持たせた方が、経営陣を中心に組織としてまとまりやすい印象を受けました。
もちろん、組織規模が大きくなるにつれて、最適なバランスも変わっていきます。今後も、その時々の成長フェーズに見合った組織のあり方を見極め、サポートしていきたいですね。
会社の成長を目指すなら事業だけでなく"人への投資"も重要。
─組織づくりに意欲的なSynspectiveさんですが、新井さんにとって組織とはどのようなものですか。
新井 社会全体に大きなインパクトをもたらすことができるものですね。
私自身は長年、個人のフリーランスとしてどの会社にも属さずに仕事をしてきました。国を問わず様々なプロジェクトに参加し、広範なノウハウを蓄積できたのですが、結局のところ一人でできる範囲は限られており、社会的なインパクトを与えられているという実感は得られませんでした。組織こそが、社会的な課題の解決に影響力を与えられる形態だと考えています。
─とはいえ、スタートアップとして事業面における様々な注力課題があると思います。その中でも、組織づくりを最も優先しているのはなぜですか。
新井 組織づくり、つまり人への投資こそが、経営的にも経済学的にも最も効果があると考えているからです。会社経営の側面では、社員こそが強みとなります。事業の内容は頻繁にピボットし、移り変わっていく可能性があります。その前提に立てば、事業にかかわる特定の技術や資源に投資するよりも、事業の変化に耐えうる社員を育成する方が、会社としては継続的な成長を目指しやすい。
経済学的にも、人への投資が経済成長にプラスの影響を与えると言われています。米国の経済学者ポール・ローマーの内生的成長理論によれば、生産活動における数あるアセットの中で、人的資本への投資、すなわち学習効果こそがイノベーションをもたらし、最も経済成長に貢献すると言われています。このような背景から、Synspectiveでは長期的にリターンが大きい人への投資、つまり組織づくりに注力しています。
長岡 新井さんは、ジャフコが初回投資をした頃からずっと「データドリブン」と「コレクティブラーニング」と言い続けていますよね。実は、ジャフコが初回投資をした際、Synspectiveはまだできて間もない状態で、ほとんど社員の方がいなかったんです。それでも、新井さんの過去のご経歴や事業にかけるビジョン、熱意を受け、ジャフコとしてもぜひ一緒にやらせてくださいと話をしたことを覚えています。
ジャフコ 投資担当の長岡 達弥
新井 そうやって一緒にリスクを負って会社を盛り上げようとしてくれる人とでないとスタートアップは成功できません。その意味で、初期の頃から今にいたるまでジャフコさんにはいろいろとご支援いただいています。
経験による『客観性』と蓄積した『引き出しの多さ』が、ジャフコの投資先支援の強み
─これまでのジャフコのHR支援を通じて感じたことを教えてください。
新井 「ハンズオンとは、こういう意味なのだな」と実感しましたね。
最近では、投資先支援を謳うVCも増えてきましたが、ほとんどは「お金を出した分、口を出す」という支援で終わっているように思います。その中でジャフコさんはガチアクセラレーター。出資のときには、一緒に営業活動に奔走し、膝を突き合わせて改善策を模索してくれましたし、今回のHR支援でも、どんなに細かいことでも親身に相談に乗ってくれています。社員と同じように「時間」、あるいは「人生」を投入してくれているのがわかるからこそ、VCというより、当社の信頼できる仲間として捉えていますね。全社総会やゲーム大会にも参加してもらうくらいですよ(笑)。
それに、客観的な第三者の観点で見てもらえることがありがたかったです。同時に、創業直後から関係性を構築しているので、組織形成の経緯も理解してくれている。暗黙の文化を掬い上げて評価してくれたことで、当社の強みや弱みを発見できました。
これまで様々な団体や学術機関がビジネスモデルや事業開発について研究し、経営学として体系化してきています。ただ、スタートアップはあまりにも多様で、既存のノウハウを直接適用することは難しい。特に組織づくりについては後回しにされがちなのが現状です。
だからこそ、圧倒的な数のスタートアップを見てきたジャフコさんが、経験による『客観性』と蓄積した『引き出しの多さ』を生かし、組織づくりの変化をリードするようになれば面白いと思います。組織づくりの支援を強みに、スタートアップのイノベーションを支えていって欲しいですね。
─今回のHR支援を受けて、改めてSynspective社が目指す組織のあり方を教えてください。
新井 組織だからといって、個人の良さを押し殺すことはしません。むしろ当社は、個人の自由な立場を維持しつつ、社会課題を解決していくために力を合わせることにフォーカスしています。
そのためには、個人で得たナレッジを、チームとして最大化していかなければならない。だからこそ、客観的な「データ」に基づき、失敗を重ねながらも「みんなで学習」していくことを大切にしています。
この「データドリブン」と「コレクティブラーニング」を通して "Learning World(学習する世界)"という当社のミッションを、組織自ら体現できるようになればと考えています。
常に正解が変わる組織づくり。だからこそ信頼できる仲間とともに難題に取り組む
─最後に、組織づくりに悩むスタートアップの起業家・経営者の方に向けたメッセージをお願いします。
新井 組織づくりは、常に正解が変わる領域です。特に、会社の成長が早いと個人の成長が追いつかなくなることがほとんど。だからこそ組織として新陳代謝をしながら、段階ごとに適切な制度やマインドを作り替えていく必要があります。
もちろん、一生懸命考え抜いてきた組織を変えることには痛みを伴います。私自身、見たくないものに目を向け、社員と率直に話し合うのは難しかった。
そのようなときは、人の助けが必要です。客観的な視点で現状を評価し、今後どのようにしていくべきかを一緒に考えてくれるような人を仲間に引き入れ、取り組みを進めていくのが良いのではないかと思います。