起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第39回は、株式会社CYBO 代表取締役社長の新田尚氏に登場いただき、担当キャピタリスト沼田朋子からの視点と共に、これからの事業の挑戦について話を伺いました。
【プロフィール】
株式会社CYBO 代表取締役社長 新田 尚(にった・なお)
学生時代に生命の基本単位である細胞の計測を極めようと思い立ち、大学院生の頃より東大発ベンチャー企業に勤務して細胞活性を計測する装置の開発および事業化に没頭。2008年にソニーに転職して、細胞解析ツールであるフローサイトメトリーの開発および事業化に貢献。2016年に東京大学の合田教授がPMを務めた内閣府の研究開発プログラムへ参画した。その研究成果を引き継いで2018年に株式会社CYBOを設立し、代表取締役に就任。
【What's 株式会社CYBO】
顕微鏡検査のデジタル化およびAI活用を推進するSHIGIプラットフォームを開発している。現在注力している医療向けアプリケーションは、細胞の顕微鏡観察で行う子宮頸がん検診を支援するAIソリューションや、脳梗塞や心筋梗塞等のアテローム血栓症のリスク検査の新技術開発等。将来的には食品や環境、エネルギー等、細胞で構成される生命が関わるあらゆる産業で活用される基本的プラットフォームの提供を目指す。
細胞解析プラットフォームで細胞検査を変革する
ーCYBOの事業内容を教えてください。
新田 細胞検査のデジタル化とAI活用により、独自の細胞解析プラットフォームをつくっています。従来の細胞検査は、光学顕微鏡を使って目視で行われてきました。顕微鏡で様々な細胞を見つけ、分類し、病気との関係を解明するという、これまでの科学・医学の歴史の中で蓄積されてきたナレッジをもとに、病理医の先生方が日々検査や診断をしています。
ただ、日本は病理医の不足や高齢化が深刻。人手での検査は非常に労力がかかりますし、結果にバラつきも生じやすい。当社はその課題を解決したいと考えています。
検体そのものは小さいですが、細胞というミクロの世界を光学顕微鏡で詳しく確認しようとすると、見るべき範囲は広大。細胞は立体構造を持つので、平面だけでなく奥行き方向に見る必要もあります。その工程をデジタル化するには、膨大な量の高精細3D画像データを集めなければなりません。
当社が開発したスキャナ『SHIGI』は、膨大な画像を画質は落とさずに短時間で撮像し、圧縮する技術により、細胞検査のデジタル化を実現しました。そこにAIを活用した細胞解析技術を組み合わせ、プラットフォームとしての展開を目指しています。
ーこれまで病理の現場でデジタル化が進んでいなかった背景にはどんな理由があるのでしょうか。
新田 コスト面等いくつかの理由がありますが、最も大きな理由は、スキャナの画質の問題。従来のデジタル化技術では、先生方が画像だけで自信を持って診断できるレベルには達していませんでした。そのため、顕微鏡で再確認するフローにせざるを得ず、顕微鏡検査の代替手段にはならなかったのです。
日々忙しい現場で従来のワークフローを変えるのは容易ではありません。クオリティが高く使い勝手の良いものでなければ使われませんから、それがDXの妨げになっていたのだと思います。
実は、当社が最初につくった試作機は、開発の際に意見をいただいていた先生方から合格点をもらえませんでした。私たちは「十分見えている」と思っても、プロの目からすれば画質が全然足りない。
そこから全て設計し直して、何度か試作を重ねた末に、ようやく「良いね」「これなら診断できる」と言っていただけたのが現在の『SHIGI』です。
当社の強みは技術力だけではありません。医療機関や研究機関と密にコミュニケーションを取ってリアルな課題を知り、解決する方法をハード・ソフトに関わらず考えていくことを非常に大切にしています。
ー医療機関での実用化に向けて、現在はどのあたりのフェーズにいますか。
新田 細胞検査をデジタル化するプラットフォームとしての認知度は高まってきており、学会で先生方が『SHIGI』の技術について討論するケースも出てきています。
今後は医療機器として必要な承認を得て、2024年中に実用化まで進めていきたいと考えています。中でもまずは、検査数が多く人手不足が課題となっている子宮頸がん検診や、当社の技術が必要とされる血小板活性化検査の現場で活用いただけるように、病院や大学と共同で研究開発を進めています。
ー新田さんが起業されるまでに歩んできたキャリアについて教えてください。
新田 大学の学部時代は理工系を学んでいたのですが、生物に興味を持ち始め、その後は細胞や遺伝子の研究をしていました。細胞は生物における構造の基本単位で、遺伝子は情報の基本単位。どちらかを究めたいと思い、選んだのが細胞でした。
在学中から勤務していた東大発スタートアップでは、細胞の活性を計測する機械の開発に従事。その後、ソニーに転職し、Blu-rayディスク開発で培った技術を細胞解析に活かす新規事業に携わりました。
起業のきっかけとなったのは、東大の合田圭介教授(現:CYBO取締役)に誘われて内閣府の革新的研究開発推進プログラム『ImPACT』のプロジェクトにジョインしたこと。超高速撮像技術で細胞を撮影し、その画像をAIで解析し、必要な細胞を分離するという新しい技術開発に取り組み、その技術をもとにCYBOを創業しました。
ー知識や技術面の他に、これまでの経験が今に活きていると感じることはありますか。
新田 当社のようなディープテック系のものづくりの会社は、いくら良いアイデアがあっても製品をつくらないと事業になりません。実際の製造プロセスを考えながら設計することのできるメーカー経験者がチームにいることが重要になります。
私はスタートアップやソニー時代に、工場やお客さん先に直接出向いて製品化を進めていく過程を何度も経験しているので、「製品をつくる」というイメージを社内で共有しながら事業に取り組めていると感じています。
もともと「研究」そのものより、その先の「技術移転」や「産学連携」に興味がありました。技術を事業化してユーザーに使ってもらうことで新しい発見があり、そこからまた新しい技術の着想が得られます。そういう面白い展開は発信して初めて生まれるもの。そこに醍醐味を感じていたからこそ、技術の事業化・実用化を重視したキャリア選択をしてきたのだと思います。
難航していた資金調達を前進させた、ピッチイベントでの出会い
新田氏とジャフコ担当キャピタリストの沼田朋子(左)
ー2023年4月にジャフコのリード投資で、シリーズAラウンド・4億円の資金調達を実施されました。ジャフコとの出会いについてお聞かせください。
新田 2021年末に資金調達を検討し始めたものの、まだ製品ができていない段階だったので、VCからなかなか評価を得られず難航していました。そんな中でIncubate Camp(起業家と投資家による合宿プログラム)に参加し、そこで出会ったのが沼田さんでした。
合宿1日目は起業家一人でピッチをして、2日目はペアを組んだ投資家と一緒にピッチをするという企画があったのですが、1日目の私のピッチは評価が低くて...(笑)。沼田さんとペアを組み、アドバイスをいただいたおかげで、2日目はなんと総合2位に。順位が大きく上がったということでベストグロース賞もいただきました。
沼田 優れた技術を持つ会社ほど陥ってしまいがちなのですが、技術の素晴らしさは伝わるものの、それがどんな課題をどう解決するかまでアピールし切れていなくてもったいない...という印象を持ちました。そこを一緒に整理させていただいたんです。
新田さんは一晩で内容をブラッシュアップし、誰にでもわかるピッチへ劇的に変化させた。相手のニーズに合わせてプロダクトをつくれる優秀な経営者なんだなと感じました。
新田 『SHIGI』はもともと、ユーザーである医療機関や研究機関からの要望に基づき、ユーザーが抱える課題を当社の技術で解決するために開発した製品。沼田さんのアドバイスでその開発プロセスを改めて思い返し、言語化できたことが良かったのだと思います。沼田さんは当社と近い分野の会社への投資実績もあり、意見がとても的確だったので、投資家として信頼できる方だと感じました。
ーキャピタリストとしては、CYBOのどんな点に可能性を感じましたか。
沼田 細胞の高精細3D画像を取得するスキャナは、病理の現場で以前からニーズがありました。Incubate Campの後に『SHIGI』を見に行かせていただいたのですが、小型の電子レンジくらいの非常にコンパクトなサイズで、価格もリーズナブル。
これなら大病院でなくても導入しやすいだろうと思い、実際のユーザーになり得る先生方を新田さんに紹介していただいてヒアリングしたところ、皆さん口を揃えて「そういう製品があったらとても助かる」とおっしゃっていたんです。
先生方はお忙しいのでヒアリングに協力いただけないことも多いのですが、快く引き受けてくださって、中には手術室まで見せてくださった先生もいました。それだけ『SHIGI』が期待されているということ。実用化のイメージが一気に湧きました。
ー新田さんが最終的にジャフコをリード投資家に選んだ決め手は何でしたか。
新田 沼田さんのヒアリングは非常に専門的かつ的確で、私も知らなかったような先生方の要望をどんどん引き出してくれました。あまりにも精度が高いので「うちのマーケティング部長になれる」と思ったくらいです。
また、『SHIGI』を医療機器として世に出すためには薬事承認をはじめ様々なプロセスがありますが、その整理もしていただき、豊富な知識と経験をお持ちの沼田さんなら安心してお任せできると思ったことが決め手です。
投資家の方はそれぞれ得意分野も考え方も違いますから、相性の良し悪しは必ずあります。特に、当社のように事業の可能性を理解してもらいにくい会社の場合は、相性の良い投資家の方と出会えるまで心折れずに活動を続けることが大事。私も当初は苦戦しましたが、沼田さんと出会い、次のステップへ進むことができて嬉しく思います。
各産業で活用できる「細胞の辞書」をつくる
ー資金調達を完了し、今後どんなことに取り組んでいきますか。
新田 まずは開発体制強化のための人材採用。当社はハードウェアもソフトウェアも開発していますし、ソフトウェアの中でも組み込みやAI等の様々な技術を活用しています。
実際に医療現場で使っていただける製品にするために、医師の先生ともディスカッションをします。ですので、特定の専門分野だけを究めたい方より、周囲とコミュニケーションを取りながら多角的な視点でものづくりに取り組める方、最先端の技術を活かして医療や社会に貢献したいと思う方にジョインしていただけたら嬉しいですね。
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新田 事業計画としては、2024年中に『SHIGI』を医療機器として販売することを目標にしています。そのためにも医療機関や製造業者の方々の協力を得て着実に進めていきたい。日本全国に病院は7,000〜8,000ほどありますが、病理医は2,600人ほどしかいません。病理医がおらず検査や診断ができない病院もたくさんあるのが現状です。
安価で導入しやすいデジタルツールがあれば、病院の資金力や立地に関わらず質の高い医療を提供できるようになるので、『SHIGI』をしっかりと普及させることでその実現を目指します。
ー新田さんのキャリアの原点は「細胞を究めたい」という想いでしたが、『SHIGI』の他に細胞を通じて実現したいことはありますか。
新田 将来的には医療だけでなく様々な分野に細胞解析プラットフォームを応用したいと考えています。例えば食品分野ですと発酵食品やお酒や培養肉の開発、エネルギー分野ですとバイオ燃料の開発等。細胞にフォーカスした事業を展開していると、幅広い業界のお客様から「こんなことできない?」と声をかけていただく機会が多く、細胞の可能性を日々実感しています。
私たちは「細胞を測る」「細胞のデータを集める」「細胞を分類する」「細胞を集める」という一連の技術を通じて、言うなれば【細胞の辞書】をつくっています。その第一歩が『SHIGI』。『SHIGI』で計測できる細胞の種類は限られていますから、この先もっと、世の中にある様々な細胞を計測してデータベース化して、各産業で当たり前のように活用される基本ツールをつくり上げていけたらと考えています。
ー最後に、新田さんが起業家として大切にしていることをお聞かせください。
新田 「誠実さ」は常に大切にしています。サイエンスに立脚している会社である以上、嘘や怪しいことは言いたくないですし、何事にも誠実に向き合いたい。社員に対しても、協力いただいている医療機関や取引先に対しても、オープンなコミュニケーションで信頼関係を築きながら、目指す未来を一緒に実現していく姿勢で取り組んでいます。
担当者:沼田朋子 からのコメント
日本の病理医不足は長年の課題です。その解決に向けて、近年はデジタル化やAI活用のニーズが非常に高まっていますが、クオリティ面でも価格面でも実用に値するプロダクトはこれまで存在しませんでした。CYBOは、細胞を高速できれいに撮影できるスキャナを、どの病院でも導入しやすいコンパクトなサイズ感と手の届く価格帯で実現。さらにAIでの細胞解析技術を組み合わせ、医師の診断を幅広くサポートできることが強みです。新田さんは、ユーザーとなる先生方の意見を取り入れながら地道にプロダクトを改良してきた、柔軟性の高い経営者。優秀なチームと共に2024年中の実用化を目指して取り組んでいます。全国の病院で使っていただけるプロダクトになると確信していますので、私も全力で支援させていただきます。