起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第38回は、株式会社Gaudi Clinical 代表取締役社長の飛田護邦氏に登場いただき、担当キャピタリスト沼田朋子からの視点と共に、これからの事業の挑戦について話を伺いました。
【プロフィ―ル】
株式会社Gaudi Clinical 代表取締役社長 飛田 護邦(とびた・もりくに)
歯学部を卒業後、海上自衛隊に入隊。各基地の自衛隊病院等で歯科臨床業務に携わった後、米海軍病院、再生医療バイオベンチャー企業への留学を通して、脂肪由来幹細胞を用いた再生医療の研究開発を推進。順天堂大学に移籍後は、厚生労働省出向での再生医療等安全性確保法の施行や、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)での再生医療等製品の承認審査等業務の経験を活かし、臨床試験支援機能やシーズの実用化支援プログラムを立ち上げる等、医療技術の社会実装加速に貢献。
2021年6月、株式会社Gaudi Clinical設立に伴い、代表取締役社長に就任。
【What's 株式会社Gaudi Clinical】
"再生医療のラストワンマイルをつなげる"をミッションに掲げ、2021年に創業。
生命予後に関係する疾患治療以外にも、QOLの向上を目指す医療としても注目され、国内の大学・研究機関において盛んに行われるようになった再生医療の分野で、大学・研究機関で科学的に妥当性を検証した技術を、より安全・安心・安価に地域医療機関から患者さんに届けられるようにするため、再生医療を実施する医療機関の包括サポートを含めた細胞製造受託事業に取り組んでいる。
アカデミアの再生医療技術と全国の医療機関をつなぐ
ーGaudi Clinicalの事業領域である再生医療について、現状の課題から教えていただけますでしょうか。
飛田 2014年に再生医療等安全性確保法(以下:安確法)という法律が施行され、医療機関で自由診療あるいは臨床研究として再生医療を実施する際のルールが整備されました。ただ、提供する再生医療が本当に効果的で安全かーー私たちは「妥当性」という言い方をしていますが、妥当性があるかどうかを検証するところまでにはまだ到達していません。
再生医療は、患者さんの細胞を採取して培養し、患者さんの体に戻すという工程を踏みます。しかしながら、例えばアメリカで行われている細胞治療を医師が日本の患者に適用した場合に、その細胞治療が日本人に適しているか、大学や研究機関できちんと検証されているわけではないのが現状です。また、医療機関内でルールに則って細胞培養を行うことはなかなか難しく、近年は細胞培養を外部委託する流れも出てきていますが、そこで培養される細胞も妥当性が検証されているものばかりではありません。再生医療は新しい技術なのでまだ課題が多いのですが、最大の課題はそこだと考えています。
ーGaudi Clinicalの事業が対象としている再生医療とは、例えばどのようなものですか。
飛田 膝の痛みの治療や歯周組織再生といった、QOLを向上させるような再生医療です。基礎疾患や難病に関わる再生医療は、医薬品医療機器等法(以下:薬機法)に則って再生医療等製品として展開されますが、QOLを向上させる再生医療については、先ほどお話しした安確法に則って自由診療で提供する道が一般的。必要としている人が大勢いるにもかかわらず、現状は妥当性があるとは言いきれず価格も高いのです。
ーその課題をGaudi Clinicalはどのように解決していくのですか。
飛田 日本では多くの研究者の方々が、再生医療の安全性や有効性を確認する研究をされています。そこで妥当性があると評価された技術を当社と契約させていただき、当社がこれから全国に設置する細胞培養加工施設でその技術を用いて細胞を製造。それを周辺の医療機関で使えるようにしていきたいと考えています。アカデミアの技術と全国の医療機関をつなぐ橋渡しのようなイメージです。
当社が原料回収・輸送・製造・保管・用事調整・治療データ取得支援まで自己完結できる施設を全国に設置してプラットフォーム化すれば、医療機関への往復輸送費を大幅に削減できます。さらに、キオスク型の細胞調製室を各地に設置して再生医療コーディネーターを配置することで、凍結させた細胞を投与前に調製したり、投与後の効果データを収集したり、本来医療機関が行う業務の支援も行えるようにする予定です。そうすることで、もっと効果的で安全で安価な再生医療を提供できるようになると考えています。事業を立ち上げるにあたり医療機関へヒアリングを行ったのですが、「本当は再生医療をやりたいができていない」という回答が多く、ニーズは顕在化しています。
ー飛田さんが再生医療の道で起業することになった経緯をお聞かせください。
飛田 再生医療との出会いは歯学部時代。科学誌『Nature』で、ネズミの背中に人間の耳を再生した写真を見て衝撃を受け、再生医療の道に進みたいと強く思ったんです。卒業後は、臨床で収入を得ながら最新の再生医療の研究をするために海上自衛隊に入隊。1年のうち約半分は護衛艦に乗って治療や災害時の人道支援を行い、日本にいる間は再生医療の研究をさせてもらっていました。
入隊10年後くらいから実用化を検討し始め、その後、順天堂大学へ。自衛隊で研究してきた再生医療の妥当性を確認する臨床研究を始めようとした際、ちょうど安確法ができるという話が持ち上がりました。安確法は世界でも例のない法律。これを理解するためにはルールをつくる立場を経験したほうがいいと思い、募集があったわけではないのですが直談判をして厚生労働省へ出向させてもらいました。医薬品等の審査を行う医薬品医療機器総合機構(以下PMDA)という行政機関にも出向し、薬が承認されるまでの流れも学びました。そこから大学に戻って臨床研究を終えたタイミングで、Gaudi Clinicalの前身となるスタートアップを設立したという流れです。
ー自衛隊や行政機関で積んだ経験が現在に活きていると感じることはありますか。
飛田 自衛隊で研修医になる前に最初に教わったのは、リーダーシップ論や組織マネジメントについて。海外での災害派遣時には、有事の動き方や危機管理について身をもって学びました。これは経営をする上で非常に活きていると感じます。また、厚労省やPMDAでは、研究開発を事業化するまでに必要なことを一通り学べたので、その後の研究開発スピードは格段にアップ。大型の研究費も取れるようになり、事業化への大きな一歩につながったと考えています。
前例のないビジネスモデルを最も深く理解してくれた
キャプション:飛田氏とジャフコ担当キャピタリストの沼田朋子(左)
ー2022年11月にジャフコのリード投資で、シードラウンド・3億6,000万円の資金調達を実施されました。ジャフコとの出会いについてお聞かせください。
飛田 知人から沼田さんを紹介いただき、最初にお会いしたのは2022年1月頃。当社がある企業から運営を受託している細胞培養加工施設にお連れして、まずは実態を見ていただきました。当社のビジネスモデルは前例がないので理解されにくく、かつコロナやウクライナの問題も重なって、資金調達には難航していて...。そんな中、沼田さんとのご縁をいただき、当社の事業を深く理解していただけて本当にありがたかったです。
沼田 確かに、新しい技術である再生医療を用いて、かつ安確法に則った事業を展開されようとしているので、そこに投資するには専門的な知見が求められます。投資家として評価しにくい領域と言えるでしょう。ただ、Gaudi Clinicalがやろうとしていることは、いかにキオスク型の細胞調製室を広げるか、いかにコストを削減するかといったビジネスの評価軸が強い事業でもあります。飛田さんのお話を聞いてそう感じたので、本格的に検討させていただくことにしました。
私は課題感の強い産業に関心があり、ヘルスケア関連企業にも投資させていただいているのですが、再生医療領域への投資は初めて。例えば薬機法に則って再生医療等製品を開発する企業に投資する場合の評価軸はある程度確立されていますが、それに慣れている投資家は、Gaudi Clinicalのような事業は逆に理解しにくいと思うので、固定観念を持たずに事業に向き合えたことが良かったのかもしれません。
ー最終的にジャフコをリード投資家に選んだ決め手は何でしたか。キャピタリストが投資を決めた理由も教えてください。
飛田 事業への理解度は沼田さんがダントツでした。ですので、私としては早い段階からジャフコさんにお願いしたいと考えていましたね。
沼田 ありがとうございます。投資させていただくことを決めた理由ですが、まず、飛田さんのような起業家はなかなかいないということ。再生医療の研究をするために自衛隊に入ったり、行政機関に出向したり、一番ホットなところに先陣を切って飛び込む行動力に秀でている方です。また、この事業を実現するには、関係各所とうまく交渉や調整をしていく必要がありますが、交渉力の高さも随所で実感しました。
実現すれば収益性も社会的意義もある事業です。再生医療の第一人者であり、起業家としても優秀な飛田さんと一緒に挑戦してできなければ、おそらく誰も実現できないのではないでしょうか。
飛田 沼田さんには感謝してもしきれません。日本の大学発スタートアップはIPOに苦戦しているケースが多いので、当社はきちんとIPOを果たし、大学発スタートアップのロールモデルとなって、ジャフコさんに恩返ししたいと思っています。
ー今回はシード投資ですが、キャピタリストとしてはシード投資にどういう想いを持っていますか。
沼田 ジャフコでは近年シード投資に力を入れていて、私も機会があれば積極的にやりたいと思っています。今回はベストなタイミングで紹介いただくことができましたが、シード期のスタートアップはすでにVCが入っているケースが多いので、起業アイデアを持っている人にいかに早く辿り着くかが重要。SNS等を使って常にリサーチしています。
効果的で安全で安価な再生医療を、日本中へ届ける
ー資金調達を完了し、今後どんなことに取り組んでいきますか。
飛田 2027年までに細胞培養加工施設と細胞調製室を全国に設置し、地域の医療機関とのコミュニティをつくりたいと考えています。そのためには、医療機関の先生方に私たちの考えに共感していただき、一緒につくり上げていくことが必要。当社は大学発スタートアップであり、博士号を持っている社員や技術顧問になってくださっている医師の先生方がたくさんいます。医療機関側の立場を理解できることは、事業を拡大していく上での強みだと思っています。
ー飛田さんが事業を通じて実現したい社会とは、どんな社会ですか。
飛田 まずは、効果的で安全で安価な再生医療を多くの方に届けられる社会をつくりたい。例えば両親や祖父母が膝を痛めていて、子どもや孫が「いい再生医療があるから受けてみなよ」と治療費を払ってあげられる価格ってどのくらいだろうかと考えると、やはり30〜40万円程度が現実的だと思うんです。でも現状は数百万円かかりますから、そこを変革することは大きな意義があると考えています。
ー最後に、飛田さんが起業家として大切にしていることをお聞かせください。
飛田 自衛隊には「メディカルレディネス」という言葉があります。これは「即応態勢に備えよ」、つまり「覚悟を持つ」ことだと私は捉えていて、そのマインドは起業家としても大切にしています。
自衛隊の幹部は、「自分が最初に戦場に降り立ち、自分が最後に戦場を出る」という心構えを持って任務にあたります。その、覚悟を持ってリーダーシップを発揮するという姿勢は、会社の経営でも不可欠。事業を牽引する立場の私が不安を感じたり弱気になったりしては、先生方や社員たちはもっと不安になりますから。今後事業を推進していく上で常に持ち続けたい姿勢です。
陸上・海上・航空自衛隊をモチーフにしたオフィス内装
担当者:沼田朋子 からのコメント
2014年に再生医療等安全性確保法(安確法)が施行される以前は、再生医療の自由診療の市場はある程度大きいものでした。安確法ができ、医療機関が再生医療を提供する際のルールが整備されたことで、迅速で安全な再生医療を受けられるようになった一方、再生医療を提供する側のハードルが上がり市場がシュリンクしたという経緯があります。Gaudi Clinicalの事業は、オペレーション面や価格面の改善により、以前の市場規模を取り戻せる可能性を秘めています。QOL向上を目指す再生医療は高価ですが、価格が下がれば治療を受けられる方が増え、日本の再生医療のあり方が変わるでしょう。研究者でありながら経営者としても長けている飛田さん率いる同社であれば、業界をリードする主要な企業になれると信じています。