「企業は人なり」という言葉があるように、事業をスケールさせるうえで人事は重要な観点です。特にスタートアップでは、事業フェーズごとに採用戦略や組織設計の考え方や課題も異なるため、理想と現実のギャップに煩悶している経営者の方も多いのではないでしょうか。
ジャフコはこのようなスタートアップの課題に対し、「HR支援」を続けてきました。
今回は、ジャフコの取り組みである「HR支援」について、支援チームの道家 実氏、坪井 一樹氏に、機能面やスタンスなど「投資先支援のリアル」についてお話します。
【プロフィール】
ジャフコ グループ株式会社 ビジネスディベロップメント部 道家 実(どうけ・みのる)
1994年入社~2014年まで投資部。初回投資担当/マネージャーとして、投資先上場企業数は14社。2014年より投資先の営業支援やM&A等による流動化などを担当。2017年より3年間、投資先の人事としてエンジニア中心に約90名の採用及び目標管理・評価制度を構築したのをきっかけに、2020年より投資先のHR支援を担当。
ジャフコ グループ株式会社 ビジネスディベロップメント部 坪井 一樹(つぼい・かずき)
組織人事コンサルティングファームやIT系スタートアップ企業での勤務を経て、HRBPとして、組織開発・人材開発を中心とした戦略人事を実践。事業が社員数100名・売上100億から3倍に成長するまでの組織づくりを支援。2018年にDeNAへ入社後は、エンタメ領域のゲーム事業を軸にHRBPを担い、HRBPに関する社外発信もフルスイング。HR Japan Summit 2年連続登壇など講演多数。JAFCOでは、HR支援チームの中で、投資先の事業に資するHRBPとして複数社を担当。
企業の価値向上には人と組織の両方の視点が重要
─まずは、HR支援チームで行っている支援の概要について教えてください。
坪井 投資先のステージによって支援内容は異なりますが、HR支援では人と組織の両方に対して支援を行っています。具体的には、シード・アーリー期に行う「組織設計・人材採用」、ミドル・レーター期に行う「組織開発・人材開発」、そして全てのステージに共通して取り組む「エグゼクティブ・コーチング」の3つに分けられます。
道家 HR支援チームは2018年に発足し、初めは採用支援からスタートしました。これまで50社以上の投資先に対し採用支援を行い、230名ほどの採用実績があります。昨年は、CXOや幹部人材の採用に注力しており、実績のうちCXOクラスが1/3、その他も管理部門の部長クラスやマネージャーといった企業価値の向上にインパクトのある経営幹部を中心に採用支援を行っています。
─ジャフコがHR支援に取り組むようになった背景や支援の特徴を教えてください。
道家 もともとは、マーケティング・セールス支援からスタートしています。しかし、営業の入口を作っても、なかなか正式な受注に繋がっていかない。その原因を分析する中で、人と組織の問題により着目するようになりました。スタートアップはどうしても経営者への依存度が高くなりがちです。経営者が、自らやるべき仕事に集中出来るような体制を作るために、HR支援が有効なのではないかと考えました。
坪井 ジャフコのHR支援は、コンサルタントでも投資先の人事でもない、VCという立ち位置からHRの支援をできることがユニークだと感じています。VCとして投資しているからこそ、企業の中長期的な成長に寄り添い、成し遂げたいビジョンの実現に向けて持続的に伴走できます。
また、私たちは4名体制で、私以外の3名がもともとキャピタリストであり「投資のプロ」です。多くのスタートアップや起業家と対峙してきた方々だからこそ、支援する投資先の未来を見据えて、より本質的なHR支援ができるチームでありたいと考えています。
人と組織の課題に対し、起業家に伴走
シード・アーリーは「事業成長のスピードを上げる」HR支援
─では、まずはシード・アーリー期に行う支援の内容について教えてください。
坪井 まず、シード・アーリー期では「組織設計・人材採用」をテーマに、事業成長のスピードを上げるためのHR支援をします。具体的には、人に対しては「CXO / 幹部人材の採用」を、組織に対しては「組織 / 人員の計画策定」を支援しています。
道家 このフェーズは、社員数も少なく、人事も専任ではなく兼務されていることが多いです。また知名度も高くなる前であることが多いので、人材採用は、まさに起業家や幹部人材も含めた総力戦になります。そういう状況では、起業家のやることが多く、肝心の事業に集中できない、あるいは共に事業を成長させられる人が少ないなどが課題になります。
そのため、ジャフコのHR支援は採用によって、起業家や幹部人材がより重要かつ得意な業務に集中できる体制を作ることをイメージしながら採用活動を行います。また、実際の採用活動では、起業家に採用をコミットしていただくことは大事ですが、採用候補者へのアトラクトなどトップにしかできないことに極力集中してもらえるような業務の巻き取り方を心掛けています。
坪井 採用活動のHow的な支援をする前に、投資先の企業が目指す組織の姿から議論することもあります。企業のフェーズごとに必要な人材は違ってくるため、まずは経営者の「壁打ち相手」として事業計画にあわせた組織設計を一緒に検討します。
具体的には、事業計画に基づいた2〜3年後までの組織のあり方を落とし込み、事業計画を達成するために必要な組織能力や人材についての解像度を高めていきます。最終的には、事業や組織のコンディションにあわせて人員計画をモニタリングできるような状態をつくり、PDCAを回せるところまでサポートすることもあります。
ミドル・レーターは「組織と人の"成長"」へ貢献
─続いてミドル・レーター期に行う支援の内容について教えてください。
坪井 企業の拡大期にあたるミドル・レーター期では「組織開発・人材開発」をテーマに、組織と人の成長へのサポートを行います。具体的には、組織に対しては「MVV / 文化の醸成」「人事制度の構築」、人に対しては「マネジメント強化の仕組化」を中心に支援しています。
このフェーズでは、事業のPMF(プロダクト・マーケット・フィット)が実証でき、社員も50名から100名、そしてそれ以上に組織拡大し、組織のあり方が大きく変化する段階です。そのため、これまでにはなかった「成長に耐えうる組織づくり」や「人の育成」といった課題への対応が求められます。
こうした課題に対しジャフコは、企業文化のソフト面、人事制度のハード面にアプローチすることが、企業の成長にレバレッジを効かせる取り組みだと考えています。これまでのフェーズと異なる課題に向き合い、50人・100人の壁を乗り越えるために、企業における「個人」としての強さがあった状態から「チーム」としての強さに変化できるような支援を行います。
─MVVや企業文化は、どうしても定量的な評価が難しいという側面があります。ジャフコがHR支援を行ううえで重視しているアプローチはありますか?
坪井 そうですね。たとえば、ジャフコでは、「診断型の組織開発アプローチ」を取り入れています。いわゆるサーベイやアンケートを使って社員からの意見やデータを集め、現状の可視化や課題の特定を行ってから、経営者と対話をする取り組みを進めています。社員数が増えると見えなくなることも増えるため、客観的に全体を俯瞰したうえで課題の優先順位を決めることが、課題解決の質の向上にもつながります。
組織と人のさらなる成長のために経営者へのコーチングも
─各ステージに共通して行う支援に「エグゼクティブ・コーチング」がありますが、実際にはどのような支援を行うのでしょうか?
坪井 エグゼクティブ・コーチングは、経営者や経営幹部などエグゼクティブ層を対象にコーチングをする支援です。半年間から1年間の期間で、ビジョンの明確化や戦略の実行といった本人が成し遂げたいゴールを定めます。そして、そのゴールを達成にむかって、思考や行動に新たな変化を生み出せるように、コーチがコーチングスキルを使ってコミュニケーションをしていく取り組みです。
道家 これまでさまざまな経営者にお会いして、成長する企業の経営者の重要な要素の1つは「変われる人」なのではないかと感じています。
「変えなくていけないもの⇔変えてはならないもの」「聞く耳をもつ⇔強い信念」などは一見、対立する概念のようにも見えますが、実際は水面下で、常にアンテナを高く情報を集め、もっと良いものであると気づけば躊躇なく上書きし、一方で既存を上回るものがなければそれを継続する......という行動がなされているのではないでしょうか?
この「気づき」をより活性化するという観点で、坪井さんのコーチングがどのような効果を生み出すのか、私自身もすごく楽しみにしています。
坪井 私自身、コーチをさせていただいている立場として感じるのは、起業家の方の「挑戦心」と「向上心」の強さが企業の成長に比例していくように感じます。「この事業を続ける先にどんなビジョンがあるのか」「組織や社員に対しどんな影響を与えることが大切なのか」といった問いをもち、考え続けているリーダーの方々は魅力的ですよね。
ジャフコのHR支援が「エグゼクティブ・コーチング」を実施しているのも、やはり経営者自身の成長こそ、組織と人の両方にレバレッジが効く支援になると考えているためです。
経営者の強い意志と魅力的な挑戦を、より近くで寄り添い、支えられる取り組みとして、エグゼクティブ・コーチングで起業家自身の成長を支援したいと思っています。
これからの時代に求められる「組織」と「人」のあり方とは
─人の働き方や組織のあり方はこの数年で大きく変化したように思います。HR支援チームから見て、この変化をどのように捉えていますか?
坪井 特に近年は、昔のように1人のカリスマ経営者が企業・事業を伸ばしていくことが難しくなったように思います。それぞれの職種の専門性も高まっていたり、組織の構成も正社員だけでなく業務委託やフリーランスも増えていたりと、仕事の専門化と働き方の多様化が進んでいます。経営者「個人」としての強さだけでなく、経営「チーム」としての強さ、たとえば組織が一枚岩となってビジョンの実現に向けて行動できるかが求められているのだと思います。
道家 私は1994年からベンチャーキャピタルの業界に身を置いていますが、かつてないほどの資金が入り、そして人材の流動性が高まってきています。稲盛和夫さんの「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉がありますが、良い課題やテーマがあれば、それを何とかしようと優秀な人材や資金が集まってくる時代です。
このチャンスを活かせるよう、起業家と共に、人と組織の問題に向き合っていきたいと思います。
─それでは、最後にこれまでのHR支援のあゆみを踏まえた、HR支援の「これから」を教えてください。
道家 これからは、世界の人材をいかに活用出来るかが重要になると思います。たとえば、ソフトウェアエンジニアは国内で約30万人不足しており、教育システムの整備などを含め、このギャップを埋める目途は立っていません。一方、海外に目を向けると、インドやベトナムなどは、毎年、大量のエンジニアを輩出しています。非同期のコミュニケーションで仕事を進める方法もドンドン進化して来ています。世界の優秀な人材と一緒に仕事をし、開発体制を強化する。これが出来るよう、開発体制の整備から共に挑戦していきたいと考えております。
坪井 HR支援チームでは、「企業価値向上に資する」と「人と組織の課題解決を支援する」の考え方を大切にして投資先支援を行っています。引き続き事業成長にインパクトのある人材獲得の支援は強化しつつ、中長期的な関わり方としては、投資先企業と共に「人的資本経営の実践」に取り組みたいですね。「人材」を資本として捉え、人材の価値を最大限に引き出すことで、企業価値向上につなげる経営のあり方は、スタートアップにこそ大切な概念だと思っています。ですから、人を通じてコトを成すをミッションとして捉え、HRの視点から投資先の企業価値向上に貢献したいと思います。