起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第34回は、メタジェンセラピューティクス株式会社代表取締役の中原拓氏に登場いただき、担当キャピタリスト小林泰良からの視点と共に、これからの事業の挑戦について話を伺いました。
【プロフィール】
メタジェンセラピューティクス株式会社 代表取締役 中原 拓(なかはら・たく)
バイオインフォマティクス研究者としてキャリアを開始。自身がかかわった研究で2008年に北海道大学発スタートアップを製薬企業と創業し、バイオインフォマティクス責任者を務めた。その後 、内資大手消費財企業 、日米のベンチャーキャピタル等を経て2020年にメタジェンセラピューティクス社(MGTx)を創業し代表取締役社長CEOに就任。 北海道大学より博士(理学)、Rutgers Business SchoolよりMBA(Pharmaceutical Management)を取得。
【What's メタジェンセラピューティクス株式会社】
「マイクロバイオームサイエンスで患者の願いを叶え続ける」をビジョンとして2020年1月に創業。腸内細菌創薬・医療サービスを展開する順天堂大学・東京工業大学・慶応義塾大学発スタートアップ。腸内細菌という新モダリティを特定の技術やビジネスモデルにこだわらず社会実装し、病に苦しむ人々へのインパクトを最大化することを目指している。並行してアカデミア創薬も推進し、日本の腸内細菌産業をリードするグローバルヘルスケア企業を目指す。
世界トップレベルのマイクロバイオームサイエンスの研究者と、最先端医療技術の社会実装を目指す
―メタジェンセラピューティクス株式会社の事業内容を教えてください。
中原 当社が目指すのは、「マイクロバイオーム(腸内細菌叢)を活用して病気を治す」社会の実現です。
そのための手段のひとつが「医療」です。健康な方から便をいただいて、その中の腸内細菌叢(腸内細菌の集まり)を患者さんに投与することで病気を治療する「腸内細菌叢移植(以下FMT)」と呼ばれる医療技術があり、順天堂大学で2014年以来臨床研究として実施されています。弊社ではFMTの医療行為以外のプラットフォーム(腸内細菌叢バンク)を運営することで国内でのFMTの社会実装を目指しています。
もうひとつの手段は「マイクロバイオーム(腸内細菌叢)創薬」です。マイクロバイオーム創薬はグローバルでは進んでいて、2022年11月にはオーストラリアとアメリカで便由来の腸内細菌叢が医薬品として承認される等、腸内細菌が薬になる時代が到来しています。ところが日本では微生物学や免疫学が強くサイエンティフィックな面では世界でもリードしているにもかかわらず、事業化に関しては感度が鈍く、マイクロバイオームで創薬に挑戦しようとしているのは、数社のスタートアップのみで非常に大きなホワイトスペースがあります。
グローバルではこの領域に大手製薬からスタートアップまで含めて300社程度が参入しており、日本においても腸内細菌を活用した医療・創薬産業が立ち上がることは確実で、問題は誰がそれをやるのかということだけです。弊社はFMTを起点として、日本のマイクロバイオーム産業を興しグローバルにリーチできる企業を目指しています。
―なぜ、FMTに着目したのでしょう。中原さんのバックグラウンドと併せて教えてください。
中原 私はもともとバイオインフォマティクス(生物情報学、生命情報工学)の研究者としてキャリアをスタートさせました。その研究領域で製薬企業との新規事業立ち上げや、アメリカでの起業を経験したのち、日米でベンチャーキャピタルも経験しました。私がアメリカでスタートアップ投資をしていたタイミングでマイクロバイオームが大ブームを迎えており、「サイエンスと技術のブレイクスルーがタイミングよく交差した投資対象として面白い領域だな」と思っていました。
起業の発端は、腸内細菌を活用したヘルスケアスタートアップの日本におけるパイオニアである株式会社メタジェンとの出会いから始まります。メタジェン代表の福田真嗣と初めて会ったのは、私がアメリカから帰国した直後でした。とある会合で出会った福田が「これからバイオベンチャーをやるんだ」とメタジェンの事業構想を話していたんです。当時の私はアメリカの会社を畳んだあとで心身共にヘトヘトだったのですが、一点の曇りもなくキラキラと語る姿を見て、「この人なら、もしかしてうまくいくかも」と感じるものがありました。その後、事業アドバイザーという立ち位置でメタジェンにかかわることになりました。
その中で私は、アメリカで盛り上がりを見せていたFMTやマイクロバイオーム創薬を「絶対にやるべきだ」と言い続けていました。グローバルでこんな流れがある、メタジェンならできる、と。メタジェンには、世界トップレベルの研究者たちがいて、彼らはもっと大きな市場に挑戦すべきだと考えていました。すると福田が、「それなら中原さんがやってよ」と言ってきたんです。確かに、本気でやるなら新たな会社を立ち上げるべきでしたし、言い出しっぺである自分がやるしかないと覚悟を決めました。その結果、メタジェンのコアメンバーで世界的な研究者でもある福田、山田、石川とメタジェンセラピューティクスを立ち上げることになりました。
―日米それぞれで起業を経験されています。起業したい、という想いをもともと持っていたのでしょうか。
中原 そうでもないですね(笑)。
研究者として基礎研究に携わっていた頃は役に立つ研究なんて邪道だと思っていたこともあったのですが、色々なきっかけで「わかった!というだけではなく、もっと社会にインパクトを与えたい」という気持ちが芽生えました。それが、事業化であり、社会実装を目指すことだったのかもしれません。
専門的なバックグラウンドと情熱を持ち合わせるキャピタリストとの出会い
中原氏(中央)、ジャフコ担当キャピタリストの宮川由香里(左)、小林泰良(右)
―2022年7月にシリーズPre-Aラウンドで1.4億円の資金調達を実施しました。ジャフコとの出会いや第一印象を教えてください。
中原 ジャフコの小林さんと出会ったのは、2019年末でした。小林さんはもともと腸内細菌の感染症研究をしていたバックグラウンドもあり、出会って早々から腸内細菌に関する具体的な議論ができたことに衝撃を受けましたね。
小林 当時私はジャフコに中途入社したばかりで、メタジェンの企業ホームページに問い合わせをしたところ、福田さんから中原さんを紹介されました。そこから、中原さんと定期的に意見交換の機会を設けながら事業理解を深めていきました
―投資を決めるまでにどんなコミュニケーションがあったのでしょう。
小林 私自身がかつて腸内細菌の研究を経験していた経緯から、マイクロバイオームの中で社会実装の可能性が最も高いと感じていた技術のひとつが、FMTでした。腸内細菌は非常に複雑で取り扱いも難しいため、今後1世紀くらいは完全に再現する治療法は出てこないという確信があった一方で、国内ではレギュラトリーサイエンス(行政施策や規制を作るために科学的な有効性や安全性を評価すること)の課題がありました。
海外の確かな臨床エビデンスがある中、ディスバイオーシスに苦しむ患者さんのため、誰かが日本の規制を超えるべきだと思っていたこともあり、その可能性を含めて中原さんと情報交換を重ねていきたいと考えました。
中原さんには、起業当初からFMTを起点として様々な方法で患者さんにマイクロバイオームの価値を提供したいという高い目標があり、投資を決断する上でも「創薬」というビジネスのアップサイドがある点は大変魅力に感じました。定期的なミーティングの中で、レギュラトリーサイエンスの道筋と創薬を含む大きな事業戦略の方向性が具体化すると共に、人材が集まり組織として課題突破に向かう未来が見えてきたことから、投資へと具体的に動いていきました。
―中原さんは自身もベンチャーキャピタルの経験をお持ちです。その知見がある上で、資金調達先としてジャフコを選んだ理由は何でしたか。
中原 ジャフコという会社としては、老舗で国内VCの中心的な存在として実績を重ねてきたこともあり、スタートアップ投資に関するノウハウや知見の組織化 (institutionalization)、言語化が他のVCと比べてずば抜けて洗練されていると感じています。
小林さんとの関係で言えば、専門的な議論を最初からできたのは非常に大きかったです。「どうしてそう思う?」「私はこう思う」と、まるでトップレベルの研究者と話をしているかのように違和感なくコミュニケーションがとれたのですが、そんなキャピタリストは他に出会ったことがありません。
当社のメンバーとも「小林さんはなんでキャピタリストなんだろう」「なんであんなに事業の本質を理解しているんだろう」とよく話しています(笑)。そしてその上で、情熱をもってFMTの社会実装を本気で目指そうと動いてくれ、VCのロジックを持ってアドバイスをくれます。みんなが小林さんを信頼していて、大好きな仲間でいられる。とても貴重な存在だと思っています。
小林 恐れ入ります(笑)。
中原 私は、VCがアーリーステージの企業にもたらす価値は3つに集約されると思っています。
お金をとってくるか、人をとってくるか、仕事をとってくるか、です。小林さんは、それを驚くくらいの熱量で頑張ってくれる。ジャフコという企業としての知見と、キャピタリストの泥臭さ、その両方があるところが、ジャフコの魅力だなと思いますね。
―具体的なジャフコのサポートで特に印象に残っていることはありますか。
中原 色々ある中でも印象的なのは、100ページ以上に及ぶ行政への予算申請書類を、小林さんがキーコンセプトの立案からすべて作り上げていったことです。残念ながら申請は通らなかったのですが、書類作成を通じて非常に良い事業計画のアイデアが固まり、当社の未来に大きく貢献するものになりました。
すごいな...と感心するほどの量と質だったので、周りを巻き込みながら短期間で仕上げる姿には驚かされました。
小林 私も研究者のバックグラウンドがあることから、「研究を論文で終わるのではなく、技術を社会に届けたい」という想いが強くあります。技術を社会に届けるために私はジャフコに辿り着き、その可能性があると信じた企業に投資を決めている。メタジェンセラピューティクスには、腸内細菌を用いた医療のトップランナーである石川さんや、福田さんをはじめとする世界トップレベルの腸内細菌叢の研究者等、最高のチームが揃っています。ここで本気でやらなかったらそもそもジャフコにいる意味はないと思っています。
中原 やっぱり、熱量が並大抵ではないですね。
小林 日本のスタートアップのこのステージで、ここまで多才なメンバーが集まる組織はなかなか無いと思います。中原さんは、「自分以外は素晴らしいスペシャリスト」といつも謙遜していらっしゃって、トップダウン型の経営者ではありません。技術開発系において、成功しているアメリカのスタートアップの多くが、たくさんのスペシャリストが入る"箱"を作り、取りまとめられる人が経営者を担っている。中原さんは、まさにそうした存在だと思います。
中原 いやいや、本当にトップレベルのスペシャリストばかりが集まっているので、自分のエゴを出す必要がないだけです。
小林 FMTという、国内ではまだ"よくわからない"、"周りの理解が得られにくい"領域を手掛けるには、文化を創らないといけません。社会を変えるためには一人の視座ではなく、複数のバックグラウンドをもつスペシャリストの視座が絶対に必要です。多様な才能と知見が集まる"箱"を創る上で、中原さんを超える人はなかなかいないと考えています。
日本中の医師と同じ目線で「FMTが当たり前」の社会を作りたい
―今後事業で成し遂げたいことは?
中原 「サイエンスの力で患者さんを救っていく」ことが我々の大きなビジョンです。その実現のためにまずはFMTを国内で実装し、マイクロバイオーム創薬で患者さんを助けられる社会を創っていきます。
実現に向けては、日本中の医師たちを同じ目線で巻き込み「FMTは当たり前だよね」という社会にしていかなければいけない。メンバーと共に、ジャフコの小林さん、宮川さんにもサポートいただきながら、5~10年というスパンで進めていきたいなと思っています。
―中原さんの起業家としての"志"とは? 起業家を目指す方に向けてのメッセージと併せてお聞かせください。
中原 本当にその事業をやるべきかどうか、ビジョンを持てるかは極めて重要だと思います。起業したとき、すでに医師として多くの患者さんを救っていた石川に、「なぜ会社を作るのか。FMTクリニックがひとつできればそれでもいいのでは?」と聞かれました。それに対する私の答えは、「本当に多くの患者さんを助けるためには新大陸発見に比するようなエネルギーが必要で、そのために人類は株式会社という仕組みを発明して資本の力で未来を引き寄せることができるようになったんだ」というものでした。一人では成し遂げられない目標があるかは、起業において欠かせないものでしょう。
もうひとつ大切なのは、一緒に働いている人が幸せになることです。年を重ねて自分のエゴはどんどんなくなっていますが、起業家としてそのスタンスがあるからこそ、大きな目標と仲間の幸せを考えられる。ジャフコを含め、これからもみんな仲良く、幸せなチームとしてやっていきたいと思っています。
担当者:小林 泰良 からのコメント
人々の健康を大きく毀損するディスバイオーシスの治療において、FMTはすでに欧米で普及し始めている代替手段のない治療法であり、昨年末にはクロストリジウム感染症に対する治療がFDA承認されました。
メタジェンセラピューティクスは中原さんを中心に、各分野で国内トップの実績を持つ消化管内科専門医・細菌学者・バイオインフォマティシャン・生菌創薬研究者が結集したマイクロバイオームのプラットフォームです。
同社の成長と共に、世界のトップランナーだった日本の細菌学から、新たに標準治療を変える治療法と革新的なマイクロバイオーム医薬品を生み出し普及させるため、これからも全力で応援していきたいと思います。