起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第33回は、3D点群データの解析SaaS『スキャン・エックス』を提供するローカスブルー株式会社 代表取締役 宮谷聡氏にお話を伺いました。
【プロフィール】
ローカスブルー株式会社 代表取締役 宮谷 聡(みやたに・さとし)
1990年3月生まれ、宮崎県延岡市出身。2015年3月東京大学大学院航空宇宙工学科専攻修了。JAXAとの共同研究ではやぶさ2の研究プロジェクトに参加する。2016年9月ISAE-SUPAERO修了。同年欧州航空機メーカーのAirbus入社、ドローンプロジェクトに関わった後、シリコンバレーのAirware、イスラエルのAiroboticsなどのスタートアップに在籍し、ソフトウェア開発などを手がける。2019年10月にスキャン・エックス(現 ローカスブルー)を設立。現在に至る。最近の好きな言葉は「苦闘を愛せ」。
【What's ローカスブルー株式会社】
レーザースキャナー(LiDAR)など各種機器で取得した3D点群データをオンラインで高精度なクラス分類・解析が出来るソフト『スキャン・エックス』を提供。前職の海外スタートアップで世界中の鉱山、建設現場、オイル・プラントを3Dデータ化してきた経験を活かして、現代表取締役の宮谷 聡が2019年に設立。スマートシティ推進にあたって、国土交通省もデジタルツインの実現化を目指すなど、ますます活用が期待されている3D点群データを活用して、様々な分野の課題の解決を目指す。
宇宙に憧れ、世界を飛び回る航空宇宙エンジニアに
ー元航空宇宙エンジニアの宮谷様ですが、その分野を志したきっかけからお聞かせください。
私の地元は宮崎県の山の中にある町。人口2000人ほどの、コンビニもないような地域だったので、幼い頃からよく天体観測をしていました。だから最初は宇宙飛行士になりたかったんです。実家が歯科医院だったので一度は歯学部に進学したものの、宇宙への夢を諦めきれず航空宇宙工学科のある東京大学に入り直しました。両親は後を継いでほしかったようですが、その町から東大に進学したのは私が初めてだったので、「それならいいか」という感じで応援してくれました(笑)。
ーその後、JAXAではどんな仕事に携わっていたのですか。
JAXAは東大の研究室と共同研究をしていて、私も大学院時代から『はやぶさ2』の開発に携わりました。去年『はやぶさ2』が帰還してカプセルが日本に到着した時、学生時代にお世話になった教授や関係者の姿をニュースでたくさん見かけたのですが、自分の携わった探査機が火星の近くまで行って戻ってきたという事実を実感して感動しました。
ー宇宙飛行士を本格的に目指す道もあったのでしょうか。
そうですね。ただ、募集がありませんでした。実は今も宇宙飛行士の夢を諦めたわけではなくて。宇宙事業に乗り出す世界の起業家たちを見ていると、私もローカスブルーを成功させて宇宙事業に挑戦したいという想いが沸き上がってきます。
ーJAXAの次は渡仏し、フランスの航空機メーカーにジョインされていますね。
はい。フランスで航空宇宙工学の大学院に入り直して修士号を取った後、航空機メーカーのエアバスに入社しました。アメリカのボーイング社とフランスのエアバス社は航空宇宙業界の二大巨頭。ボーイングは航空宇宙と軍事が密接に関わっている企業で、アメリカ国籍がないと入るのが難しいのですが、一方でエアバスは150ヶ国もの人たちが働いているダイバーシティを重視した企業です。その社風に惹かれてエアバスに入社し、開発飛行機を操縦して動作テストをするフライトテストエンジニアを務めました。
ですが、当時はフランスでテロが多発していて、エアバスでも労働ビザがストップしてしまったのです。EU以外の人は働き続けられない状況になり、私も1年と少しでやむなく帰国しました。
ーやり残したことも多かったのではないですか。
それが、むしろあの時に帰国していなければ起業もしていなかっただろうと思います。というのも、フランスはプライベートの時間を大切にする国なので、私もその暮らしに染まってしまって(笑)。金曜日はみんなお昼からワインを飲みますし、週末はマルセイユまで行って海で遊んで、時には1週間くらいコテージを借りてピレネー山脈でスキーをして...という生活を送っていたため、起業は全く頭にありませんでした。あの頃と比べれば今は真逆の人生を送っていますね(笑)。
帰国後は、シリコンバレーやイスラエルのドローン系スタートアップに勤め、イスラエルの企業のヒューストン支社を立ち上げた後に再帰国して、ローカスブルーを起業しました。
イスラエルの起業家たちに刺激を受け、起業の道へ
ー起業しようと考えた経緯をお聞かせいただけますか。
イスラエルは非常にアントレプレナーシップの強い国。高校を卒業すると男性は3年、女性は2年の兵役があるのですが、私たちが想像するようなフィジカルな兵役だけでなく、AIを使った誘導ミサイルの爆撃システムの開発といったような専門的な仕事もあります。兵役を終えて大学に行く人もいますが、兵役で培った技術をスピンオフさせて起業する人がものすごく多く、だからこそイスラエルにはドローンや航空宇宙やネットセキュリティ系のスタートアップが非常に多くあるのです。
私は当時29歳でしたが、同い年ですでに3社起業しています!みたいな人が周りにはゴロゴロいました。イスラエルのスタートアップは上場ではなくバイアウトが主流なので、兵役後21歳で起業して、3〜5年のスパンで何社か起業するといったケースも珍しくありません。そんな環境に刺激を受け、同時に焦りも覚えました。「自分はまだ何もしていない。やるなら今しかない」と。それで2019年8月に帰国し、10月に起業しました。
ーなぜ建設業界向けの事業を選んだのでしょう。
当初は「起業したい」というマインドが先行していたので、具体的な事業アイデアがあったわけではありませんでした。イスラエルの企業では鉱山や建設現場の3D点群データ解析等に携わっていて、現在はその技術を活かした事業を行っていますが、最初に考えていたのはそれとは別の事業。建物の中をスキャンして点検に使ってもらうようなサービスでした。
でも、私たちは技術的バックグラウンドが強いので、自分たちが手がけていた領域に近い事業のほうが始めやすいのではないかと考え直しました。海外勤務時代も建設現場をよく回っていたので、まずは建設業界の方々にお願いして現場を連れ回していただき、「何か困っていることはないですか?」と半年かけて地道にヒアリングしていきました。
建設業界は人口減少による人手不足で課題が山積み。ただ意外だったのは、現場のデジタル化が思ったより進んでいることでした。みんな普通にDropboxを使っていたりするのに、専門ソフトがそこに追いついていない。そうした現状を知り、いくつかアイデアを出したうちのひとつが、現在の『スキャン・エックス』という3D点群データ解析SaaSです。
ーちなみに他にはどんなアイデアがありましたか。
色々ありましたよ。建設現場には職人さんが何百人もいて管理が行き届かないという課題があったので、AppleのAirTagのようなハードウェアをヘルメットにつけてトラッキングできるようにするものを考えました。技術的に難易度が高く、さらにハードウェアから作らなければならないので実現には至りませんでしたが、未だにいいアイデアだと思っています。あとは損害保険会社向けのインシュアテック等も考えましたね。
ー『スキャン・エックス』を事業として採用した理由は?
私たちが一番作りやすく、業界ニーズもありそうなプロダクトだったからです。私と当時のCTOとリードエンジニアの3人でプロトタイプを作って、建設現場の方に見せてはフィードバックをいただいて改善して...というのを繰り返し、半年後の2020年9月にリリースしました。
3D点群データの解析ソフト自体はこれまでもありましたが、デスクトップにインストールする買い切りタイプのものしかなく、使いづらい上に高価格でした。『スキャン・エックス』は月額税込2万9800円で利用でき、クラウドのためどこからでもデータのアップロードや閲覧ができますから、大きなイノベーションになるかと思います。
ーこれまでSaaS型が出てこなかった理由は、技術的な難しさでしょうか。
それもあると思いますが、そもそも3D点群データ解析ソフトを作っている企業は数社しかなかったので、特に新しいプロダクトを開発しなくても成り立っていたことが大きいです。そこに突然私たちが参入して、サブスクかつ低価格のサービスを始めたわけです。会計ソフトの業界構図をイメージするとわかりやすいと思います。
海外には競合もいるのですが、日本市場を狙うとなると言語も国交省のマニュアルも難解で参入障壁が高い。その点、当社には非常に優位性があります。ただ、これから後発のスタートアップが出てくる可能性も十分あるので、追いつかれないくらいのスピードでマーケットを取っていく必要性も感じています。
災害現場でも活躍する『スキャン・エックス』
ー『スキャン・エックス』の活用事例を教えてください。
メインは建設や測量の現場。あとユースケースとしては災害査定も多く、大きな土砂災害の現場でも活用されました。当社が最も得意とするのが、3Dデータから特定のデータだけを抽出するという技術。例えば災害前と後の屋根のデータを抽出して被害の状況をスピーディーに分析・共有する等、現状把握や復旧に役立てていただいています。
災害が起こった後、災害査定官が現場を見て復旧工事に必要な工法や費用を査定するのですが、これまでは査定方法を定量化しきれていない部分がありました。そこを定量化するプロジェクトも国交省と共同で進めています。
ー想定していなかった業界からの引き合いはありましたか。
意外だったのは林業です。林野庁では国内の山を買い取ってデジタル化する取り組みを進めているのですが、当社も東大との共同研究で、山に生えている木を1本ずつ抽出して本数や高さを自動算出するアルゴリズムを開発しました。それは各方面から引き合いをいただいています。高圧線に木が引っかかって森林火災が起きるのを防ぐために、電線と木のデータを両方抽出するアルゴリズムを作って電力会社に提供しています。あとは森林火災が頻発する海外からもニーズがあります。その他、世界遺産を丸ごとスキャンしてデジタルアーカイブで残すといったニーズもいただいていますね。
iPhoneにLiDARスキャナが搭載されたこともあり、3D点群データ活用の幅はさらに広がっていくでしょう。自宅の引っ越しの際、カーテンの寸法や家電の配置もLiDARスキャナで計測できて非常に便利でした。災害現場もアプリでスキャンしてデジタル化できればより迅速な対応ができるようになるので、その開発をAPI連携で進めています。
ー創業以来ずっと順調に歩んでこられた印象を受けますが、壁にぶつかったエピソード等があればお聞きしたいです。
実際には様々なハードシングスがありましたが、客観的に見れば順調と言えると思います。ただ、やっぱりプロダクトマーケットフィットするかどうかはずっと不安でしたね。建設業界出身ではないので、このプロダクトが本当に売れるのか、本当にマーケットに刺さるのかは、リリースするまでわかりませんでした。
だからこそMVP(Minimum Viable Product)にこだわり、必要最低限の機能だけつけた状態でとにかくリリースして現場のリアクションを見るようにしました。ユーザーが求めるものと自分たちが考えるものには当然ギャップがあるはずなので。最初リリースした段階では30点くらいのプロダクトだったと思いますが、それでも契約してくださる方がいたので、その方々からのフィードバックを参考にすぐに実装し、再度使っていただいて...というのを繰り返して作り上げていきました。お客様の声が製品に即反映されることは、建設業界のソフトウェアではあり得ないことでしたから、お客様がコアなファンとなり、支えてくれています。お客様からの口コミでユーザーが増えていることもあり、大変感謝しています。
自分たちのテクノロジーで、課題の多い業界にイノベーションを
ージャフコとの出会いについてもお聞かせください。
創業時にキャピタリストの加藤さんからご連絡いただいたのが最初です。その時は事業アイデアがまだまとまっておらず、結局他のVCからシード調達することになったのですが、その後も3ヶ月に1回くらいの頻度で定期的にお会いしていました。
『スキャン・エックス』をリリースして、少しですがトラクションも獲得して、ユーザーからのフィードバックも多数いただいく中、プロダクトをどう進化させていけばマーケットを取れるのか自分の中でだいぶ見えてきました。そこで、事業を加速させるために新たな資金調達を検討し始めたんです。海外VCも含め20社ほどリストアップしたうち、実際にお会いしたのは10社ほど、デューデリジェンスを受けたのは5〜7社でした。
起業家って、やっぱり信頼できる人から調達したいという気持ちが強いんですよ。ジャフコさんとは創業時から何度もお会いしていて、これまでの変遷も知っていただいている。さらに加藤さんは、市場や事業についてとても熱心にリサーチしてくださる方で、展示会にまで足を運んでくれたり事業計画の作成を支援してくれたりもしました。その人情味溢れる熱意が好きで、今回お願いすることに決めました。
ー現在はどのような支援を受けていらっしゃいますか。
ほぼ毎週オンラインでミーティングをして、事業計画のディスカッションや採用支援、リードの紹介等をしていただいています。私は投資家との距離感が近いほうなので、同じ船に乗る仲間として遠慮なくヘルプを出させていただいています。
加藤さんと沼田さんというお二人のキャピタリストにご担当いただいているのですが、沼田さんは冷静沈着でご経験豊富な方。スタートアップの"あるある"をたくさん知っているので頼りになります。タイプの違うお二人に支援いただけている点も、バランスが良いと感じています。
宮谷氏とジャフコ担当キャピタリストの加藤僚佑(左)
ー今後は組織拡大にも注力していかれると思います。組織づくりで重視していることはありますか。
現在社員は約20人で、半数は海外在住。ユーザーは主に日本人なのにエンジニアは外国人というギャップが課題になってきているので、そこを埋めるべく適切な人を採用したいと考えています。また、人数が増えるにつれ、部門分けや部門ごとのKPIの設定も必要になってきますので、まさに加藤さんと進めているところです。当社はワンマンではなく、社員一人ひとりに「会社をこうしたい」という明確な意志があります。新たにジョインした人にはよく「雰囲気がいい」と言われるので、今後もみんなが働きやすいカルチャーを醸成していきたいです。
ー最後に、宮谷社長が今後成し遂げたいこと、起業家としての志を教えてください。
常にカスタマーセントリックでありたいと思っています。やっぱり自分にはエンジニアチックな部分があって、「お客様が使ってくれて喜んでくれている」というのが好きなんです。人工衛星や飛行機の場合、実際に使ってもらえるのは10年後だったりしますが、スタートアップは作ったらすぐにお客様に届けられてフィードバックもいただける。そこがとても面白いです。
当社には私自身も含め、自分たちのテクノロジーで課題の多い業界を変えていこうという使命感に燃えている人が集まっています。今は建設業界ですが、業界にこだわらず私たちにしかできないイノベーションを起こしていきたいと思います。