起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第25回は、核融合エンジニアリング事業を展開する京都大学発スタートアップ、京都フュージョニアリング株式会社 代表取締役社長 長尾昂氏にお話を伺いました。
【プロフィール】
京都フュージョニアリング株式会社 代表取締役社長 長尾 昂(ながお・たか)
2019年に創業者として京都フュージョニアリングを設立。代表取締役として、ラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立上げ、戦略立案、資金調達、人材採用を推進。KF社設立以前には、Arthur D. Little Japanにて、新規事業などの戦略コンサルティング、エネルギースタートアップのエナリスにて、マザーズ上場、資本業務提携、AIを活用したR&D等を主導。京都大学 協力研究員。京都大学 修士(機械理工学)。
【What's 京都フュージョニアリング株式会社】
京都フュージョニアリングは2019年に京都大学の持つ知見をベースに設立された会社です。当社はカーボンニュートラル社会の実現に向けた先進技術の研究開発を行っており、特に、核融合プラントエンジニアリングやプラズマ加熱装置、エネルギー取出し装置において、世界有数の技術力を有しています。当社の高性能かつ革新的なエンジニアリングソリューションを世界中に提供することで、世界中の核融合研究機関や事業会社と協業して核融合の実用化と商業化を加速し、人類に究極のクリーンエネルギーを提供し、カーボンニュートラルを実現することを目指します。
ビジネスの側面から日本の産業を元気にしたい
ー京都大学大学院で機械理工学を学んだ後、研究者や技術者ではなくコンサルファームに就職されています。その経緯からお聞かせいただけますか。
幼い頃から宇宙やサイエンスフィクションが好きで工学の道に進んだのですが、そもそも日本はインフラ技術の輸出がもっとできるのでは、と感じていました。新幹線にしろロケットにしろ、技術力は高い一方、事業化という側面ではまだまだやれることが残っていると思っていました。そこでビジネスの側面から日本の技術産業を支援したいと考え、製造業やインフラ企業に特化したコンサルファームに就職することにしました。
そのコンサルファームで新規事業創出の仕事に携わる中、出会ったのが「スマートグリッド」という分野。新たな産業を創出できる可能性に惹かれ、4年後にはスマートグリッドに取り組むエネルギースタートアップに転職しました。社長の右腕のようなポジションで、新規事業の立ち上げや拡大、当時エネルギー企業では例がなかったマザーズ上場等も任せていただきました。
ーそこから起業に至るまでには、どんな心境の変化があったのでしょう。
マザーズ上場後、経営体制が変わり、大企業が経営に参画。それ自体は会社にとって良いことでしたが、私はもともと自分自身で新しい事業や会社を作りたいという想いが強かったので、卒業することを考え始めました。そこで、この会社ではできないことは何かを改めて考えた時、私はやはりエネルギー供給の根幹を担う「大規模電源」がやりたいと思いました。世の中の傾向としても、近年は分散型電源に振りすぎていて、エネルギーミックスにおける大規模な集中電源とのバランスを欠いている状態に問題意識がありました。
私の家は経営者一族。そういう背景があり、「経営って何だろう」「お金を使って人を雇うってどういうことだろう」ということを小さい頃から考える環境でした。自分もいつか経営者に、という思いが心のどこかに常にありました。それで自然と起業を意識するようになったのです。
ー「核融合」というテーマで起業することになった経緯をお聞かせください。
きっかけは、2019年に京都大学の小西哲之教授(京都フュージョニアリング共同創業者、現Chief Fusioneer)と出会ったこと。京大には京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)というVCがあり、研究シーズのビジネス化を目指して研究者とビジネスパーソンをマッチングするプログラムを推進しています。そのマッチングイベントのような場に出向いた際にお話をしたのが小西教授でした。
教授は、40年にわたり核融合研究に人生をかけてきた方。核融合というのは、超高温の中で水素原子同士が結合することにより膨大なエネルギーが放出される原理のことで、太陽を輝かせているエネルギー源でもあります。「海水から燃料を取り出せる」「原理的に危険性が少ない」「高レベル放射性廃棄物を生成しない」「温室効果ガスを排出しない」というメリットがある究極のエネルギー源として、今や世界中の企業が注目し、世界の名だたる実業家が投資している領域です。
近年は脱炭素化が叫ばれる一方、明確なソリューションはまだありません。火力発電は二酸化炭素を排出するという問題があり、太陽光や風力はそれだけで日本国民全員の電力を賄うことは難しい。それらを解決し得るのが核融合エネルギーです。小西教授の尊敬できる人柄にも惹かれ、「私も人生を費やして核融合に取り組みたい」と思いました。
日本が蓄積してきた核融合技術を、世界に
ー御社の事業内容について教えてください。
熱取り出し技術とプラントエンジニアリング技術を活かし、核融合に必要な主要コンポーネントの研究開発を行っています。核融合は科学技術として語られがちな領域ですが、私たちはその産業化や商用化に貢献し、次の世代への橋渡しをしたい。日本が持つ核融合の優れた技術を世界に届けるエージェントを目指しています。
クライアントとなるのは核融合炉の開発を目指す民間企業や研究機関で、世界にまだ50社ほどしかいません。当社が現在注力しているのはコンポーネントの販売ですが、そもそもこれらを開発できるメーカーが少なく、さらに「一度選んでみて満足したら1社と付き合い続ける」という傾向がテクノロジー領域にはあるので、大きなストックビジネスをやっているイメージです。今後はプラント設計段階から参入してコンサルティング事業や詳細設計の受託、さらには装置開発にまで幅を広げ、売上を伸ばしていきたいと考えています。
ー2019年10月の会社設立から現在までで、ターニングポイントとなった出来事はありますか。
大きく2つあります。1つは、2020年に経済産業省の補助金の対象事業者に初採択されたこと。創業当初、「日本の技術を活かして海外でビジネスをしたい」と経産省のある方に相談したら、自社でR&Dをして知的財産化した上で海外にてビジネスをすることを勧められました。スタートアップは日銭を稼がないと生き残れないと考えていた私からすると、「スタートアップの自分たちでもR&Dをしていいんだ」と目からウロコ。現在のビジネスモデルが確立した大きな転機でした。
もう1つは、2021年にイギリスの公的研究機関にプロダクトを販売して大規模な契約を受注したこと。会社のベクトルが一気にお客様に向き、今回ジャフコさんに入っていただいたシリーズBの資金調達にも繋がりました。
長尾氏とジャフコ担当キャピタリストの高原瑞紀(左)
ージャフコとの最初の接点は?
2020年にキャピタリストの高原さんから連絡をいただいたのが最初。日経新聞の記事を見て興味を持っていただいたようで、当時はまだHPがなかったので小西教授宛にメールをいただきました。その年の資金調達ではご縁がありませんでしたが、翌年に私から連絡して再度検討をお願いしました。
ージャフコの印象はいかがでしたか。
前職の会社にも投資していただいていて、私は好印象でした。しっかりリスクを取りながらも、起業家と密に対話していい方向に導いてくれているように見受けました。高原さんに関しては、忖度せずにお付き合いできる方という印象。私は「あれしろ、これしろ」と言われるとやりにくいタイプなので、腹落ちするまで対話できることは大変ありがたいです。弊社が目指すのは核融合の産業化。既存の市場やサービスに乗っかるのではなく起点を作りたいと考えています。その点、高原さんとパートナーの佐藤さんは産業化の事例を教えてくれる等、同じ方向を見て話をしていただける数少ないキャピタリストだと感じています。
ー今回ジャフコを選んだ最終的な決め手はどこにありましたか。
核融合ビジネスは1,000億円以上の資金が必要な領域。資金力はまず大きな魅力でした。また、いずれ海外投資家に入っていただくシナリオや、海外子会社を展開する中では経営者候補も必要になってくるため、そのノウハウやネットワークも重要。結果的にそのような機能が強いVCに絞られました。ただ、最終的な決め手はやはり高原さん。相性の悪い人と伴走するのはお互いにとってストレスですから、担当が誰になるかを全VCにあらかじめ確認したくらいです。
ー資金調達後はどんな支援を受けていますか。キャピタリストとの印象的なエピソード等があれば教えてください。
現在は毎月定例でディスカッションをさせていただいています。印象に残っているのは、資金調達後2回目の役員会。投資家の皆さんから色んなアドバイスや質問をいただくのですが、経営者としては投資家の皆さんに安心していただきたいので、強気に見せたいというか、「私に任せてください!」という感じで臨んだのですが、高原さんだけは一歩引いた感じで「長尾さん、ボールを投げてくれれば全部打ち返しますよ」と言ってくださって。VCはパートナーなのだから、必要以上に自分を大きく見せようとせず、足もとをしっかり見ようと思わせてくれた言葉でした。
イノベーションは失敗の上に起こるもの
ー組織づくりについてもお聞きします。現在はどのような組織構成ですか。
委託も入れて社員は45人(2022年4月時点)。技術部門が7割、ビジネス・管理部門が3割です。最初の頃は私と小西教授含めて4人でずっとやってきたのですが、ここ1年で40人ほど採用し、今のところ正社員は1人も辞めていません。
ー特殊な業界で採用を成功させてきた秘訣は?
小西教授は40年も業界にいるので、この領域の素晴らしい技術者は把握しています。あるいは、投資いただいているVCの担当者が弊社にジョインしてくれました。このような身近なルートを通じたリファーラルの連鎖が成功の主な要因。ユニークな事業なので飛び込みも多いです。教授の自宅のポストに紙の履歴書を入れたドイツ人も(笑)。彼は核融合の経験はありませんでしたが、頭が切れる人物で技術を深く理解し、今では技術のリーダーポジションとして活躍してくれています。
私は、「やって後悔」は幸せ、「やらなくて後悔」は不幸せと捉えていて、自分の理念やパッションに忠実な人のほうがエネルギーの総量が高いと考えています。能力については、それなりに優秀な人であればスターチャートの面積自体はそんなに変わらないと思いますし、「なぜうちに入りたいのか」という志望動機的な部分も、入社前に明確な解を持っている人はほぼいませんから、それよりも「自分のパッションに忠実に動けるか」を重視しています。弊社の場合、「核融合をやりたい」というパッションは応募者全員に共通しているので、そこのすり合わせが必要ないのは特徴的かもしれません。
ー会社のカルチャーとしても「パッション」はキーワードですか。
そうですね。核融合は長年失敗を繰り返してきた領域なので、「イノベーションは失敗の上に起こるもの」「失敗を恐れるな」という価値観が社員の根底にあるかと思います。小西教授の他にも教授等のアカデミアが多い組織ですから、教育にはとても熱心。入社時点で核融合を知らなくても、パッションがあれば育てるというカルチャーが根づいています。
ー経営者として、組織マネジメントにおいて大切にしていることは何ですか。
権限委譲です。パッションの話に通じますが、スタートアップに来ているということは、成し遂げたい何かがあるということ。そういう人に権限を与えず「指示通りやれ」というのは間違っている。「やりたいことは自由にやろう」といつも言っています。
あとは、硬直的な組織を作らないこと。トップダウンで下りてきたものを分解していく大企業と違い、市場がどこにあるかわからない中で一番先にチャンスを見つける必要があるスタートアップでは、戦術を複層的に張り巡らせておくことが重要だからです。ですから、大企業のコンサルをしていた時代に培った経営戦略はあえて忘れるようにしています。
核融合産業を作り、人類の究極のエネルギー源を実現する
ーシリーズBの資金調達を経て、直近で取り組んでいくことを教えてください。
まずは、核融合に関する実証プラントを研究開発したいです。核融合の技術開発には、簡単に言うと「中性子を生み出すステップ」と「熱を取り出すステップ」があり、弊社が得意としているのは後者。生み出されたエネルギーを熱に変換して発電するためのプラントを開発し、核融合エネルギーの実用化に向けて業界をリードしたいと考えています。あとは、現在受注している案件の研究開発費と運転資金、そして人材採用をはじめとする人件費に調達資金を充てる予定です。
ー日本の高い技術力を産業化していくために必要なのはどんなことだとお考えですか。
もちろん企業努力も必要ですが、それだけではどうにもできない領域があるので、いかに外の動向を察知して大局的に動いていくかがポイント。これからの核融合産業は、2005年頃の宇宙産業に近い状態になると予測しています。当時のアメリカはスペースシャトルの研究開発をNASAに一任するのをやめ、スタートアップに資金を与えて競わせる戦略を取りました。それで生き残ったのがイーロン・マスク氏のスペースX。要は、国営研究から民間事業へと産業転換が起きたのです。近年、核融合でも同じことが起こると思っているので、国や政策の動向にアンテナを張って一緒に産業構築を図っていくことが重要だと考えています。
また、昨年のVCの総予算はアメリカで約36兆円、イギリスで約4兆円だったのに対し、日本は約7,800億円。投資家の皆さんには率先して国に働きかけていただき、日本のリスクマネーに対する考え方を変えていく必要があるでしょう。技術者は大手志向の傾向があるので、技術者がスタートアップで躍動できる環境を作ることも重要。自社の事業を推進するだけでなく、そうした現状に問題意識を持つ人たちと一緒に「日本を明るくする」取り組みをしていかなければならないと感じています。
ー最後に、長尾様の起業家としての志を改めてお聞かせください。
私の志は、核融合産業を作ること。日本発の技術で、世界に付加価値を提供できる状態を作りたい。核融合は素晴らしい技術です。発電はもちろん、植物工場や培養肉等もエネルギー代ゼロでどんどん運転できるようになりますし、強力な熱を使って海水を淡水に変えることも可能。つまり、食糧不足や水不足で引き起こされる世界の貧困を解決できるポテンシャルがあるということです。弊社では、熱エネルギーを使って空気中の二酸化炭素を固定化する技術も開発しており、これは言うなれば「脱炭素マシーン」の実現。核融合は単に原子力発電の代替ではなく、人類にとって究極のエネルギーになり得るのです。
そんな社会を現実するために、日本の技術を「すごい」だけで終わらせるのではなく、産業として花開かせたい。私はそこに人生を懸けて挑むつもりです。
担当者:高原瑞紀 からのコメント
核融合の原理自体は1920年代に確立され、第二次世界大戦後から大学主導で本格的な研究がスタートしました。その後、60年代から徐々に技術が進歩し、80年代以降は、ITERで知られる国際的な枠組みを中心にして進んできました。日本は、核融合研究の黎明期から70年以上世界での核融合研究を牽引してきた数少ない国です。長年の研究開発が産業化されつつある大転換期を迎えている中、京都フュージョニアリングの最大の魅力は蓄積してきた技術を産業化できるメンバーが揃った、グローバルで見ても類稀なスタートアップである点だと考えています。