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ロックダウン中に生まれたバーチャル空間『oVice』 目指すはオンライン×オフラインのハイブリッド社会
ロックダウン中に生まれたバーチャル空間『oVice』 目指すはオンライン×オフラインのハイブリッド社会

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第19回は、テレワークやイベントに最適なバーチャル空間を運営するoVice(オヴィス)株式会社 代表取締役 ジョン・セーヒョン氏にお話を伺いました。


【プロフィール】
oVice株式会社 代表取締役 ジョン・セーヒョン
1991年韓国生まれ。中学・高校時代にオーストラリアに留学を経験し、帰国後日本の大学受験に失敗したことがきっかけで貿易仲介事業を起こす。日本の大学を再受験して進学し、在学中にIT事業会社の設立、2017年に上場企業に会社の売却を経験。IT技術のコンサルタントを経て、2020年にNIMARU TECHNOLOGY(現在のoVice株式会社)を設立した。


What's oVice株式会社】
oViceはウェブ上で自分のアバターを自由に動かし、相手のアバターに近づけることで簡単に話しかけられる2次元のバーチャル空間。昨年8月のサービスを開始して以降、テレワークにおけるバーチャルオフィスや、展示からネットワーキングまで自由にできるオンライン展示会等、様々な場面での活用が進み、今年9月末に発行スペース数が1万件を突破。

Portfolio


バーチャル空間を提供するサービス『oVice

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ジョン氏とジャフコ担当キャピタリストの山田悠輔(右)


ー今回は『oVice』上で取材を行わせていただきます。こうして使ってみると、本当にオフィスでお話ししているような感覚を抱きますね。

oVice』では、自分のアバターを空間内で自由に動かし、誰かに話しかけたり会話に参加したりすることができます。オンライン上でも現実の空間にいるような感覚を体感できることが最大の特徴。相手のアバターに近づくと声が大きく聞こえたり、相手に背中を向ければ声が聞こえにくくなったりします。近くにいる人と繋がることでビデオ通話も可能になります。


ーこのバーチャル空間は自由にカスタマイズできるのですか。

はい。看板を立てたり、BGMを流したり、会議室を作ったり、レイアウトやフロアもカスタマイズできます。複数の空間を繋げてバーチャルビル化し、組織ごとにレイアウトを変えて使っていただいている企業もいらっしゃいます。私たちが提供しているのは「空間」なので、オフィスとしてだけでなくイベント会場や大学の講義室としても活用いただいています。


ー御社のオフィスも『oVice』上にあり、基本的にフルリモート勤務だそうですね。どんな使い方をされているのでしょう。

社員が働く執務スペースと、ユーザーが『oVice』を体験できるデモ環境を兼ねた空間になっています。日本語・韓国語・英語対応フロアに分かれていて、ユーザーの方が入ってきたら使い方をご案内しています。

その他、oViceキッチン事業を案内するフロアもあります。oViceキッチン事業とは、当社の提携するレストランで作られた食事が前日もしくは当日朝に参加者に届き、みんなで同じご飯を食べながらバーチャル空間で宴会ができるというもの。会社の懇親会や振り返り会等に使われます。『oVice』は、5人以上のグループが1時間以上会話する機会があると非常に継続率が高いサービスなのですが、その点「食事」はとても相性がいい。同じご飯を食べながら同じ空間で会話することで、一体感や所属意識のさらなる向上に繋がると考えています。

oVice新年会・乾杯 (1).jpg oVice』でのバーチャル新年会の様子



18歳でスタートした起業家人生

2020年にoVice(当時はNIMARU TECHNOLOGY)を創業されるまで、事業をいくつも手がけてきたとお聞きしています。最初にご自身で事業を始めたのはいつですか。

18歳の時です。エンジニアになるために日本の大学を受験したものの失敗してしまい、それが転機になりました。合格発表の日、私は当然受かっていると思って旅行に出かけようとしていたのですが、その道中で不合格を知り、ショックのあまり旅行をやめて家に帰ることに。その時の私には選択肢が2つしかありませんでした。このまま勉強を続けるか、起業するか。なぜ他の道を思いつかなかったのかはわかりませんが、これ以上勉強することには限界を感じていたので、帰り道で「起業しよう」と決断して翌日には本当に起業していましたね。


ー行動力がすごいですね。そもそもエンジニアを目指していた理由は?

小学生の頃から「ドラえもんを作りたい」と思っていたんです。当時『ドラえもん』の漫画やアニメは韓国でも人気でしたが、私は漫画を1冊読んだだけでドラえもんに魅了されてしまいました。最近になってわかってきたのが、私はドラえもんというロボットを作りたいのではなく、そういう存在を作りたいんだということ。人間が作ったロボットが、人間と同格の存在として人間社会に溶け込んでいる。そこに衝撃を受け、魅力を感じていたのだと思います。

高校時代にオーストラリアに留学していたこともあり、どこの国の大学でも良かったのですが、ドラえもんなら日本かなと。それで機械工学や電気電子工学を学べる日本の大学を目指していたんです。


ー最初の起業はどんな事業内容でしたか。

18歳の私にできることは限られていました。ただ、国ごとに情報格差があり、それによって歪みが生じていることは見えていた。例えば、Aという国では日本の商品が倍の値段で売られていて、日本のこのサイトに行けば誰でも安く買えるのにAの人たちは知らない...といったことが当時はよく起きていたんです。私には言語能力もあったので、この情報の差をマネタイズしようと考え、商品を買いたいクライアントと製造元・販売元を繋いで輸入セッティングを行う貿易仲介の仕事を個人事業として始めました。

事業はうまくいっていましたが、韓国・日本間の取引が多かったために、東日本大震災で円高になったタイミングで立ち行かなくなってしまいました。そこで事業を畳んでワーキングホリデーで日本に渡り、翌年に京都の大学に入学。2年生の時に会社を立ち上げ、ディープラーニング系の事業を半年ほど行った後、より大きな市場を狙って事業をいくつか手がけました。2017年には、日本で働きたい外国人や海外で働きたい日本人と求人者をマッチングする事業を東証一部上場企業に売却し、その企業の役員に就任しました。


ーシリアルアントレプレナーとして様々な事業を手がけてきたにもかかわらず、企業に所属したのはなぜでしょう。

20代で上場企業の役員になるのもいいなと(笑)。でも、やっぱり新しい挑戦をしたくなって、2年目の時にAIやブロックチェーン技術のコンサルティング会社を立ち上げる等、相変わらず様々なことにチャレンジしていました。


空間を持ったコミュニケーションツールを作る

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ー『oVice』を開発することになった経緯をお聞かせください。

20202月、チュニジア出張中に新型コロナウイルスが蔓延し始め、ロックダウンの影響で帰国できなくなってしまいました。その時に、社内のメンバーたちと使うために作ったのが『oVice』のプロトタイプです。

もともと私はオフラインが好きなタイプ。出張中以外はずっとオフィスに出社して仕事をしていました。社長室は作らずにオープンスペースでいつも仕事していたのですが、そうすると周りの会話が自然と耳に入ってくるんです。プロジェクトの進捗やトラブルの予兆、気になったらすぐに話を聞きに行くこともできた。でも、テレワークをせざるを得ない状況になり、既存のオンラインツールではいつものコミュニケーションが取れないという違和感を覚えました。その原因が「空間がないから」だと気づき、であれば空間を持ったコミュニケーションツールを作ってみようと思い立ったのがきっかけです。


ーそこからどのようにサービス化に至ったのですか。

1か月でプロトタイプを作り、「これはいい」と感じてサービス化を決定。そこから機能を拡充していき、2020年8月にリリースしました。人間の認知や物理的な法則を取り入れたアルゴリズムをゼロから作ったので、何か問題が起きても参考になるようなドキュメントは一切なし。すべて自分たちで解決しなければならない点には苦労しましたね。

リリース後は2週間で100社以上に利用していただきました。初期から導入していただいている大手企業からは、「現実世界のオフィスみたい」「部下との信頼関係を構築しやすくなった」等の声をいただき、私たちの実現したかったことをまさに体感いただけて嬉しかったです。


ー導入企業の感想や使い方で、意外だったものはありますか。

バーチャルオフィスとして導入しているにもかかわらず、『oVice』上では特にコミュニケーションを取っていないという企業がありました。不思議に思ってサービスを使う目的をお聞きすると、「会話はせずとも、一緒に仕事をしているというお互いの"存在感"に課金している」とおっしゃったんです。それを聞いて、『oVice』はコミュニケーションツールではあるけれど、真に提供している価値は「一緒にいる存在感・親密感」なんだということに気づきました。

あとは、演劇の会場として使っていただいたこともありました。バーチャル空間の中にある証拠をもとに、観客が推理しながら進んでいく参加型ミステリー。これも斬新な使い方だと感じましたね。


ー海外からの需要もありますか。

はい。今後は海外市場にも積極的に進出していく予定で、特に力を入れたいのは韓国。子会社を設立して営業を強化しています。あとはカンボジアやベトナムからも問い合わせが増えています。


ーオンラインサービスを運営し、ご自身もオンラインで仕事をされているジョン様ですが、「正直オフラインのほうがやりやすい」と感じる瞬間はあるのでしょうか。

新しい市場での事業や組織の立ち上げは、対面でなければなかなか難しいと感じています。韓国市場の立ち上げも、初期メンバーは私も含めて現地で合宿しながら進めました。

私はオフラインを否定しているわけではなくて、理想はオンラインとオフラインのハイブリッド型。オフラインで直接会った時に五感で感じる様々な感覚は、人と人の親密度を高めてくれます。これをオンラインで再現することは難しいし、再現しようとも思っていません。唯一再現できるとすれば味覚の共有、つまり「みんなで同じものを食べる」ということ。oViceキッチン事業にはそういう意図があります。

私が韓国で合宿をしたのは、ゼロから組織を作るためには親密さが必要だから。すでにでき上がっている組織であれば、親密度を高める必要はないかもしれません。時と場合によってオンラインとオフラインを使い分けていく、あるいは融合していくことが重要だと考えています。



「ハイブリッド」と「エコシステム」で『oVice』を進化させる

ーリリースから1年経ち、契約企業・団体は1200以上、年間経常収益(ARR)は2.4億円を突破。シリーズAラウンドで総額約18億円の資金調達も完了しました。新規投資家として参画したジャフコとの出会いについてお聞かせください。

キャピタリストの山田さんから連絡をいただいてお会いしたのがきっかけでした。老舗で最大手のジャフコさんにはもともと「古い」「重い」という印象を持っていたのですが、シリーズAの相談をした際、1か月くらいかかると思っていたら1週間でタームシート(投資条件の交渉・合意のために使う書類)を出してくれて。全部決まってから動くという古い企業体質ではなく、柔軟に対応してくれて判断スピードも速いアグレッシブなVCという印象にガラッと変わりました。その時点でジャフコさんにお願いすることはほぼ決めていましたね。

私は普段は石川県にいるのですが、東京に出張に行った時に「東京にいる」と山田さんに言ったら、その日に突撃してきたことも(笑)。投資したいという熱意を感じました。

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石川県七尾市の古民家で仕事をするジョン氏



ー資金調達を経て、これからどんなことに取り組んでいきますか。

海外進出をはじめ、先ほどお話しした「オンラインとオフラインのハイブリッド」の実現にも取り組んでいきます。直近では、360度の映像をリアルタイム配信できるリコーさんのストリーミングサービスと連携し、実際に出社しているメンバーとコミュニケーションを取れる機能をβ版として実装しました。また、家具・家電メーカー等のサードパーティーとの連携により、空間の価値をさらに高めるエコシステムも構築していきたいです。

立ち上げで韓国に行った時、「メタバース(巨大仮想現実空間)」という概念を改めて考える機会がありました。近年、SaaSやクラウド化といったDXが進んでいますが、最終的に行き着くところはメタバースだと思うんです。メタバースに様々な情報や機能が集約され、物事が効率的に動いていくという。『oVice』はメタバースとして、オンラインとオフラインを断絶せずシームレスに繋ぎ、世の中のあらゆるサービスデータを集約・連動させる存在を目指したい。そのためにまずは「ハイブリッド」と「エコシステム」を追求していきたいと考えています。


ー様々な事業経験をお持ちのジョン様が、起業家として大切にしていることはありますか。

今までの起業を振り返ると、自分自身がユーザーになるケースがほとんど。現状に何かしらのフラストレーションを感じて、それを解消するために自らサービスを作ってきました。だから自分が一番サービスを使い込んでいて、誰よりもサービスのことを知り尽くしているプロなんです。私は常にそのスタンスを大切にしていますし、社員のみんなにもそういうプロフェッショナリズムを持った上で楽しく仕事をしてほしいと思っています。


ーこれから起業家を目指す方々へメッセージをお願いします。

今の話と通ずるのですが、やっぱり自分がユーザーになれるサービスかどうか、もしくはユーザーの気持ちになれるサービスかどうかは重要だと思います。起業する人やチームにもよるので一概には言えませんが、そのほうが気持ちが楽なんです。日々いろんな情報やフィードバックに触れる中でも振り回されずに前進するには、自分の確固たる軸を持ち、サービスについて自分ごとで喋れるようにならなければいけません。作り手としてもユーザーとしても自信を持てるサービスであれば、誰に何を言われようともブレずに成功へと導けるはずです。