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「創薬」の世界に革命を AIとロボットを駆使するバイオベンチャー
「創薬」の世界に革命を AIとロボットを駆使するバイオベンチャー

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第14回は、医薬品のAI分子設計サービスを提供する株式会社MOLCURE 代表取締役CEO 小川隆氏にお話を伺いました。


【プロフィール】
株式会社MOLCURE 代表取締役CEO 小川 隆(おがわ・りゅう)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士(2016), 株式会社MOLCURE 代表取締役 CEO(2013)
慶應義塾大学環境情報学部 非常勤講師として「基礎分子生物学1」と「ゲノム解析プログラミング」を担当。慶應義塾大学 先端生命科学研究所 エピジェネティクス研究チームリーダーを務め、 人工知能を用いたDNA-タンパク構造体形成位置の予測技術を開発。ビジネス創造コンテスト最優秀賞(2014)The Venture 日本代表(2016)等を多数受賞。2013年に株式会社MOLCURE(創薬支援ベンチャー) を創業、同社はNEDO「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」(2016) 等を多数採択。


What's 株式会社MOLCURE
MOLCUREは、「人工知能・進化分子工学・実験自動化を統合したペプチド・抗体分子設計技術」を製薬企業に提供し、共同創薬パイプラインを構築することで、新薬創出を行うスタートアップですMOLCUREの医薬品探索技術を利用することで、従来手法では探索困難な性能を持つ、優れた医薬品分子の発見が可能となります。また、より短時間でより多くの候補物質を得ることができる効率化を達成しているため、製薬企業は弊社技術を導入することで「新規医薬品候補分子の発見及び増加」・「創薬プロセスの短縮」・「研究開発費削減」が期待できます。

Portfolio



映画のヒーローより科学者に惹かれた子ども時代

ー最初に、大学でバイオの道に進もうと思ったきっかけからお聞かせいただけますか。

そのお話をするには幼少期まで遡るんですが、小学生の頃ってみんな「消防士になりたい」とか「サッカー選手になりたい」とか将来なりたい職業があるじゃないですか。でも僕には、なりたいと強く思う職業がありませんでした。一方で、映画『ターミネーター2』に出てくる液体金属製のアンドロイド「T-1000」になりたいと思ったり、漫画『寄生獣』に出てくる「ミギー」という寄生生物になりたいと思ったり...。自分で自由に変形できるし思考もできる彼らへの憧れがありました。

職業の中で、強いて挙げるとすれば、科学者だと思います。当時よく見ていた映画の主人公はたいていヒーローか科学者で、まわりの子たちにはヒーローが圧倒的に人気。その中で僕は、「科学者がいなかったらヒーローは活躍できないし人類も滅亡していたんだ」「科学者ってカッコいいなぁ」と漠然と思っていました。


ー「開発したい」ではなく「なりたい」と思うのがユニークですね。

そして高校時代に出会ったのが『攻殻機動隊』。人間の脳の情報をリアルタイムでコンピュータに伝達して、脳同士で通信するという技術が出てくるのですが、それを実現させているのが「ナノマシン」という分子レベルの小さなマシン。脳にナノマシンを充填することで通信を可能にしているという設定です。その世界観に夢中になり、「ナノマシンをつくりたい!」と思うようになりました。

実はこのSFのような世界観、自然界ではすでに実現されています。高校時代にウイルスのことを調べる機会があったのですが、「ウイルスが人間の設計図を上書きして書き換え、間違えて体内にウイルスをたくさん作ってしまうように仕向ける」というウイルスの働きを知って驚きました。ナノマシンに近いことをすでにやっているではないか、と。まだ500万年ほどの歴史しかない人類に比べて、生命は40億年も前から地球上でフィールドテストされ続け、分子の構造設計を生命自身ができるまでに進化しているんです。

ナノマシンをつくるなら、生体分子から学ぶ必要がある。そう考えて先端生命科学の分野に進み、修士・博士と研究を続けました。

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MOLCUREのコア技術である「AIでの分子設計」に関する研究は、いつ頃からされていたのでしょうか。

当初は科学者が使うAIソフトウェアを開発していました。僕が所属していた慶應大の先端生命科学研究所はもともと計算機科学の研究室ですが、コンピュータを用いて生命情報を解析するという研究領域を先導していました。僕が先端生命科学研究所に入った当初は、ナノマシン開発の基礎に繋がる、分子間相互作用に関する研究を行っていたのですが、当時公開されていた世界最大のデータベースを用いても、分子設計は困難だと感じていました。そこで、omics解析の分野にシフトして、機械学習のアルゴリズムを応用した科学者向けのソフトウェアをつくっていたんです。

ですが、在学中に父が癌で他界してしまい、自分が父の治療に直接的に役立てなかったことでとても悔しい思いをしました。自分の研究を通じて患者さんや社会にもっと直接貢献したい。そんな想いから「がんの薬をつくろう」と決意し、再び分子設計の領域に戻ってきました。


ー分子設計による創薬は、従来の創薬と具体的にどう違うのでしょう。

そもそも医薬品には、化学の技術を用いた「低分子医薬品」と、バイオテクノロジーを用いた「バイオ医薬品(中分子・高分子医薬品)」があり、近年はバイオ医薬品の市場規模が拡大しています。バイオ医薬品の中には、生体の免疫機能によってできる抗体の仕組みを利用した「抗体医薬品」や、アミノ酸を短く重合させた「ペプチド医薬品」があり、まだ有効な治療方法がない病気の治療薬として期待されています。

例えば、癌の抗体医薬品をつくる場合のスタンダードな方法ではマウス免疫が使われます。人間のがん細胞やその一部をマウスに注射すると、マウスの体内では異物に対抗するために免疫が活性化して抗体ができます。その実験を幾度も繰り返し、人間に有効な抗体を探り当てるというのがスタンダードな方法です。でもその手法で得られる抗体は取り尽くされたと言われていたり、そもそも免疫手法での抗体探索が難しい創薬標的や創薬コンセプトも多いんです。

であれば、薬の分子を設計してしまおう、というのが分子設計による創薬方法になります。そこで僕が着目したのはAIを用いた分子設計です。バイオ医薬品は低分子医薬品と比べて分子量が非常に大きく複雑なので、従来の手法による設計は困難でした。そこでAIを活用し、実験で探索することが困難な優れた分子を設計するという方法に挑むことにしました。当時はAIや機械学習という言葉と技術が創薬分野においては知名度が低く、実験ドリブンな考え方が強かったため、「機械学習で分子設計をする」という手法について話をすると、怒られてしまうこともよくありました。


世界でも類を見ない、AIでのバイオ医薬品分子設計技術

ーそこから「起業」という道を選択されたのはなぜですか?

いくつか選択肢がある中で、自分のビジョンを最短で実現できそうな道が起業だったんです。大学研究者の場合、研究のための助成金をもらえる保証はありませんし、さらに若手研究者だと資金規模が小さくなりがちです。助成金は税金なので、自分がやりたい分野ではなく国が考える重点分野に優先的に投資されます。一方で製薬会社に勤めた場合は、会社の方針に沿ってコンスタントに新薬を創出するための業務があり、AIを用いた分子設計というような、当時の会社の方針には無い新しいチャレンジは難しく、予算取りのために社内政治等も必要になってくると考えました。

僕はプログラミングが好きだったので、学部生のときから先輩や知人のITスタートアップによく携わっていました。コアメンバーとしてVCからの資金調達を担当したこともあり、そうした経験も踏まえて、自分のビジョンを自分の意志で実現させていくベストな手段として起業を選択しました。


3人で創業されたそうですね。

はい。僕がバイオとAIの専門だったので、ロボットに強いメンバー、デザインとビジネスに強いメンバーの3人でタッグを組みました。博士課程にいた僕を含め2人が在学中でした。AIでの分子設計には膨大な学習データが必要で、それを収集するにはロボットで実験を自動化することが必須だと考えました。人間がやると効率も再現性もどうしても劣ってしまうからです。そのため、バイオ×ロボット×AIという組み合わせは事業にマストでした。

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ー創業して苦労されたことや、ぶつかった壁はありましたか。

僕自身はあまり「苦労」と思わないタイプなのですが、事業を進める上で試行錯誤したことならありました。例えば、サービス導入先として考えていた製薬会社のIT化が当時はまだ想像以上に進んでおらず、「機械学習って何?」という段階でした。そのため最初の頃は大学や研究機関との仕事を中心にしていました。

製薬会社でAIが注目され始め、いざ導入しようというタイミングでも課題がありました。当初はAI自体を製薬会社に提供するという方法を考えていたのですが、製薬会社の方にAIを自分の手で動かしてもらうことは難しかったです。また、学習データ収集のための実験を大学や他社に発注した場合の費用と時間が想像以上に大きかったです。そこで、実験からAI運用までを自社で走らせて、製薬会社には分子の設計図を提供する方法に方向転換しました。現在では国内外の大手製薬会社に導入いただいており、合計で7社10プロジェクトの実績があります。


AIでの医薬品分子設計という領域において、競合は存在するのでしょうか。

分子量の小さい低分子医薬品については、AIでの分子設計を手がけている企業もあります。しかし、抗体やペプチド等のバイオ医薬品の領域おいては、世界を幅広く観測しても、実験のエキスパートが探索する分子以上の性能を持つ分子を設計可能な実用化レベルのサービスを提供できているのは世界でも当社くらいだと考えています。

これまでの事例では、AIを活用することで実験から得られた分子と比較して100倍以上の結合力の分子を設計することができます。従来のバイオ医薬品開発と比べると、約半分の時間で10倍以上の優れた候補分子を探索・設計できるようになります。当社のサービスを導入することで自社の実験チームが代替されてしまうと考える製薬会社さんもいますが、それは誤解です。プロジェクトや製薬会社さんごとにMOLCUREAIをカスタマイズして提供しており、製薬企業さんの実験チームが持つ匠の技を追加で学習させたAIを専用で構築するケースが多いです。そのため、それぞれの製薬企業さんの実験チームとAIは協力関係にあり、製薬企業さんごとに異なる個性を持つAIになっていきます。匠の技をAIに学ばせ、実験チームやプロジェクトの成果をAIで増幅することが可能になっています。


組織拡大に向けたシリーズCラウンド

ーこれまでの資金調達の経緯を教えてください。

2014年にシリーズA2018年にシリーズB、そして今年6月にシリーズCを完了しました。シリーズCはジャフコさんが最初に意思決定してくださり、リードインベスターとして総額8億円弱の資金調達を牽引していただきました。


ー今回の資金調達の目的は?

世界中の製薬会社との提携を拡大するための「ビジネス・営業面」と案件を受ける「キャパシティ面」の強化です。社員数は当時20人くらいでしたが、社内にはビジネスチームがなかったので、営業力とキャパシティ向上に向けた組織拡大が最大の目的でした。まだ、ペプチドや抗体以外の、RNAアプタマー、DNAアプタマーといった核酸医薬品や、CAR-T細胞等の細胞治療領域へのモダリティの拡大も推進していきます。


ージャフコから投資を受けた決め手は何だったのでしょう。

当社のような企業に投資を行うか否かを判断する際、製薬会社とどれくらい契約を結べているかが重要な判断材料になります。ただこの業界では、契約している事実さえも開示できない契約内容となっている場合もよくあります。契約書の提示を求めるVCが多い中で、ジャフコさんは最大手にもかかわらず当社の都合を汲んで真摯に対応してくださいました。創業当初から面識があり、何度か面談もさせていただいていたので、私を信頼して投資を決めてくれたと聞いています。


ージャフコにはどんな支援を期待していますか。

デューデリジェンス自体がMOLCUREにとって学びになるご支援の一環になっていましたので、出資前からすでにご支援いただいている感覚です。担当キャピタリストの三浦さんはバイオ出身で事業理解も深く、とても丁寧で真面目な方。今後は特にIPO等のビジネスサイドをご支援いただき、2024年末を目標に上場したいと考えています。


ー組織拡大に向けた人材採用で大切にしていることはありますか。

科学的な考え方やフラットな議論を大切にしている会社なので、サイエンスが好きな人にジョインしていただきたいですね。最も強化したいビジネス人材については、当社の技術をどう商品にまとめれば世の中に広がるか、クリエイティブな視点で商品設計、契約設計や営業ができる方を採用したいです。技術系については、分子設計に役立ちそうであれば専門分野は特に問いません。バイオ・ロボット・AIの各チームがそれぞれ自由闊達にディスカッションできるフラットな組織で、社員の半数が海外国籍です。他ではなかなか得られない体験ができると思います。

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小川氏とジャフコ担当キャピタリストの三浦研吾(左)




サイエンスとビジネスは別物ではない

MOLCUREの今後のビジョンを教えてください。

前提として、当社のクライアントや社員、VC、支援してくださる方々、すべての方に「MOLCUREに関わってよかった」と言っていただける企業を目指します。その上で、医薬品分子の設計が当然のようにできる世界、すべての病気に治療薬がある世界を実現したいと考えています。


ー科学者であり経営者でもある小川様ですが、2つの視点を両立させる秘訣は何でしょうか。

サイエンスとビジネスが全く別のものとは考えていません。ボトルネックという考え方やPDCAサイクルの手法、概念の文章化等、サイエンスでもビジネスでも使う共通項が実はたくさんあると考えています。サイエンスでは自分の専門領域の知見を最大限に持っている必要がありますが、ビジネスの場合も同じで、自分が対象としているビジネス特有の構造をたくさん観測して知っておくことが重要だと思います。例えば、製薬会社に契約書を出すと社内会議ではどんなディスカッションがなされて、エンドユーザーからはどんな力学が働いて、どんな技術や契約内容であれば嬉しいのか。それらをきちんと押さえておくことが大切だと思います。


ー最後に、起業を目指す皆様にメッセージをお願いします。

一番重要なのは、自分がやりたいことに対して最適な手段を取ること。無理に起業するとどこかで歪みが出てくるので、合理的に考えた上で起業がベストな選択肢である場合に、起業すると良いのではないかと思います。また、事業を進めていると数多くの想定外の現象が起こります。最初のシナリオ通りにいかないことはもちろん、考え直したシナリオにおいても刻一刻と変更が必要になります。常にまわりを観察し、仮説をアップデートしていく。その姿勢を持ち続けられる人、そしてそれが苦ではない人が、起業と相性の良い人なのでは無いかと考えています。