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2021年IPOをしたWACULに訊く! 組織の立て直しと上場をゴールにしない組織づくり
2021年IPOをしたWACULに訊く! 組織の立て直しと上場をゴールにしない組織づくり

ジャフコでは、起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催しています。今回のテーマは「フェーズごとの壁とその乗り越え方」。20212月にIPOを果たした株式会社WACUL(ワカル)・ 取締役CFOの竹本祐也氏をお迎えしました。


【登壇者プロフィール】(敬称略)

<ゲスト>
株式会社WACUL 取締役CFO 竹本 祐也(たけもと・ゆうや)
京都大学経済学部を卒業後、2008年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。投資調査部にて、商社・メディア・ネット業界等の担当を経て、鉄鋼チームヘッドに。2013年A.T. カーニー株式会社入社。通信・メディア・テクノロジー業界担当としてX-Tech領域の新規事業立案や事業戦略立案のプロジェクトを手掛ける。2018年WACUL入社。財務戦略を中心に、経営管理、事業提携の推進等を担当。


<ファシリテーター>
ジャフコグループ株式会社 金沢 慎太郎(かなざわ・しんたろう)
株式会社ワークスアプリケーションズに入社。2017年にエッグフォワードに参画。執行役員に就任し、多数企業における組織課題・人材課題に取り組んできた。現在はジャフコにて、投資先のバリューアップを行うべく、スタートアップの組織・人材開発支援に従事。

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アーリー・ミドルフェーズでの3つの取り組みとは

金沢 IPO直後のタイミングで、CFOの竹本さんにお話をお伺いできるのを楽しみにしていました。本日は、組織の成長フェーズごとにどんな壁があったのか、マネジメントの課題、急成長する組織ならではの苦労についてお話いただきたいです。

まずは導入として、WACULの事業内容についてご紹介いただけますでしょうか。


竹本 WACULは、「マーケティングDXを実現するソリューションを提供する」会社です。コアプロダクトは、AIによる分析でWebサイトの成果を最大化する「AIアナリスト」。データ分析から改善ポイントの提案、施策の管理と成果の検証と、デジタルマーケティングのPDCAを支えています。ほかにも、「AIアナリスト」で提案された改善施策を実行支援するAIアナリストSEOAIアナリストAD、そしてインキュベーション事業としてマーケ戦略の策定やKPI、組織設計を行うコンサルティングサービスや研究開発事業も手掛けています。

【事業概要】

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私は、2018年にCFOとしてジョインしましたが、当時のプロダクトは「AIアナリスト」しかありませんでした。実行・実装ソリューションもコンサルティングサービスも、研究所であるラボも何もなく、コアプロダクトの価値をレバレッジするところから着手する必要がありました。


金沢 竹本さんが入社したタイミングは、まさに、スタートアップにおける「アーリー・ミドルフェーズ」だったかと思います。このフェーズでよく聞かれる組織課題には、

・マネジメント人材が必要だけど、候補がいない
・マネジメントが機能しない
・資金調達を終え、人を増やしたもののマインドが合わない

等があります。成長痛が出てくるタイミングかと思うのですが、WACULさんでは、どんな課題があり、それをどう乗り越えましたか。


竹本 私が入社したときは、ミドルフェーズだったことに加え、当社ならではの課題もありました。一つは、創業社長が201712月に退任し、創業副社長だった大淵亮平(現・CEO)にバトンタッチされたこと。もう一つが、開発していたプロダクトの撤退を決めたタイミングだったことです。社内には「社長も変わって、プロダクトも撤退になって、これからどうなっていくだろう」という不安感が漂っていました。「AIアナリスト」は伸びていたので、少し光は見えるけれど、どこまで信じていいのだろうかと、どことなく暗い感じで...。お金もない状態だったので、社員みんなでコストカットをして、ターンアラウンドしていこうという最中で、目の前の案件を取ることに必死でした。中長期的な視点はほとんどありませんでしたね。


金沢 なるほど。組織の立て直しが必要な状況だったんですね。そこから、どんな組織改革に取り組んだのでしょう。


竹本 取り組んだことは大きく3つ、

1,ミッション、ビジョン、バリュー(行動指針)の見直し

2,部門の立ち上げと、現場への権限委譲

3,ミドルマネジメント層の抜擢と採用

ミッション、ビジョン、バリューの見直しは、役員合宿で徹底的に議論し、将来どうありたいかを定めました。そこには実はジャフコの投資担当であった坂さんもいました。そのミッションやビジョンは、中長期の事業戦略とセットでロジカルに落とし込んでいきました。私を含め4人の役員は全員戦略コンサルタント出身なので「論理的に正しいかどうか」という観点で合意できれば、動きははやいんです。

ミッション、ビジョン、バリューを策定したら、その浸透のために評価制度をすべて一新し、評価軸の中にミッション、ビジョンの要素をちりばめていきました。ボーナスの評価は「アチーブメント」と「パフォーマンス」の2軸で設定したのですが、アチーブメントは成果や実績、パフォーマンスはすべて行動指針に基づく内容に変えました。「行動」と「結果」それぞれを評価するということです。いくら数字をあげていても、行動指針を体現できていなければボーナスの評価が最高にはならない仕組みです。基本給については、「行動」を重ねて「結果」を出せば、スキルアップしていくのであがっていく、というのも重要です。

策定した我々には、「ここまで考え抜いて行動指針を作ったのだから、この内容に従えば、成果が出る人材になるはずだ」「今は数字が出ていなくても、行動指針に基づいていればアチーブメントの評価もあがっていくだろう」という想いがありました。


金沢 成果より行動を変えていくことにフォーカスしたんですね。ただ、当時の組織状況から考えて、「ミッションやビジョンの前に、まずは目の前の売上が大事だろう」という声は上がりませんでしたか。


竹本 ありましたね。ミッション策定や浸透は中長期的な視点なので、より身近な変革も大事です。そこで、社員に小さな"成功体験"を積んでほしいと、一人ひとりの要望を聞いて回りました。成果に直結することではなくても、「声を上げてチャレンジすれば自分で環境を変えることができる」と感じてほしかった。ある社員からは、「社内にオフィス内売店を設置してほしい」というアイデアが出たので、かかるコストと得られるメリットを整理して、全社向けにプレゼンを行う機会を設けました。結果、実際に導入が決まり、「提案すれば機会がもらえる」という事例をみんなの前で見せることができました。

それまで、とにかく目の前の案件が大事、とみんなで走っていたので、「未来視点で組織をより良くすること」が評価されるという気づきは大きかったと思います。社員の中から湧き上がってくる要望を、会社として消化することに取り組み、社内の雰囲気を変えるきっかけになりました。


金沢 すばらしいですね。2つ目の、「部門の立ち上げと現場への権限委譲」では何に取り組みましたか。


竹本 組織として、新しいことに挑戦して、もう一度攻めの姿勢になる必要がありました。そこで、組織設計を大幅に見直し、研究開発に向けたラボや、コンサルタント部門、新プロダクト部門の立ち上げに着手。各部門に責任者を置き、チームへの権限、決定権委譲を明確にしました。


金沢 それまでは、どんな組織体制だったのでしょう。


竹本 開発・営業・コーポレートというシンプルな組織で、役員とメンバーという2レイヤー体制でした。役員が直接メンバーに指示したり評価したりするのはやめて、部門責任者に説明してもらい「フィードバック」しようと、方針を変えました。


金沢 突然、コミュニケーションの取り方を「フィードバック」に変えるのはなかなか大変だったのでは?


竹本 そうですね。役員同士、「今のはフィードバックとは言えないよ」等と注意し合っていました。会社や事業が多様化していく中で、役員が全部を見る体制はもう続かないという認識はありました。現場に権限委譲しない限り組織は大きくならないという話をしてきたので、お互いにロジカルに注意し合って、組織拡大にフォーカスして行動を変えていきましたね。


金沢 その取り組みが、3つ目の「ミドルマネジメント層の抜擢と採用」に繋がるんですね。


竹本 そうです。役員とメンバーの間にマネージャーを置き、彼らがチームを率いる組織にするには、当然ながらミドルマネジメント人材が必要です。"スタートアップあるある"かもしれませんが、現場が好きというプレーヤー志向のメンバーも多く、内部でミドルマネジメント層を抜擢するのには苦労しました。


金沢 外部人材採用ではなく、内部人材の抜擢なんですね。


竹本 外部採用もしましたが、代表の意向として、まずは内部でマネジメント人材を育てるのが、カルチャーフィットやミッション、ビジョンの理解の観点からも良いだろう、という考えがありました。抜擢には、役員が「行動指針を体現しているか」を中心に判断し、本人にマネジメント志向があるかを確認した上で、役職についてもらいました。どんなに優秀でも、「自分はプレーヤーで活躍したい」と思っていればミスマッチが起こりお互いに良くありません。抜擢されたメンバーは、役員がメンターのようについてOJTをしましたね。


金沢 外部採用において、苦労したこと、意識したことは何ですか。


竹本 どういう人材が必要なのか、役員みんなでかなり時間をかけて議論しました。今いるメンバーのスキルや強み、性格特性等を整理し、「今の組織にはいない、ほしい人材」の言語化に時間をかけました。事業転換に向けて組織のダイバーシティを高める上で、これまでの成長曲線にはいないゲームチェンジャーが必要だったんです。

選考において意識したのは、採用段階で当社の課題を洗いざらいオープンに伝えることです。今できていないこと、入ったらお任せしたいこと、実行したらどんなリターンを提供できるのかまで明確に伝えるようにしました。また、これまでの経験から、急いで採用すると入社後にミスマッチが起こったり定着しなかったりすることがわかっていたので、どんなに人材不足であっても、採用基準を落とさないよう意見を共有していました。


金沢 採用において、スキルや経験は比較的見やすいですが、マネジメント適正の見極めは難しいのでは。どんな観点でジャッジしていましたか。


竹本 少人数であっても、マネジメント経験があればそれについて詳しく聞きました。今のWACULが抱えるマネジメント課題をぶつけてみて、「あなただったらどうしますか?」と聞くことも多かったです。自分たちのことを正直に話せて信頼関係に繋がりますし、マネジメント適正も見ることができます。

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徹底した議論と合議制で、「IPOをゴールにしない」と決めた

金沢 次に、IPO前後の組織フェーズにおける壁についても聞いてみたいと思います。IPO準備において苦労したことは、どんなことがありましたか。


竹本 WACULでは「IPOをゴールにしない」という想いがあり、IPOについて社員に一言も話していませんでした。1月のマザーズ上場の承認も、数十分前に知ったメンバーがほとんどでした。OKRで毎週Win Sessionをしているのですが、その時間で「今週のWin」として発表しました。その時間がいつもと違う時間帯に設定されていたので、不思議に思った社員もいるかもしれません。そのため、社内統制を厳しくする際も「IPO準備のために必要だから」という説明はできませんでした。メンバーの凡ミスで稟議漏れが生じることは度々ありましたが、あくまでも自分たちのために、ちゃんとしなくちゃいけない、という話をしていました。


金沢 具体的にどう話していたのでしょう。


竹本 WACULは、お客様の膨大なデータを扱う事業を手掛けているので、信頼を失うようなことをしては絶対にダメ、管理体制が非常に大切だという観点で、IPOのためではなく事業成長のために、と話しましたね。


金沢 IPOのために、と言えた方が、社内のコンセンサスをとるために、あるいは採用メッセージにおいても、メリットが大きいと思うのですが...。


竹本 確かにそうです。ただ、IPOのための目標達成や売上拡大に必死になると、そのあと息切れするだろうというのが、役員の総意でした。IPOをゴールにして、上場した途端にバリュエーションがつかない未来のない会社になりたくなかった。IPOはあくまでも、会社が大きくなるための手段だという感覚を共有していたので、IPOが必要ないならしなくてもいいくらいのスタンスだったと思います。

採用においても、IPOという魅力的な文句でつるようなことはせず、我々が何を目指すのか、中長期的なビジョンの話をして動機づけしようと話をしていました。


金沢 IPO準備では「計画の必達」が欠かせなくなります。IPOというゴールを社内で共有できないことで、ドライブをかけるのに苦労したことはありますか。


竹本 「IPOをゴールにしない」と役員で腹決めした段階で、今後どんなに苦しくなっても、この意思決定をひっくり返すことはしない、と覚悟を決めていました。

計画の必達に向けては、計画段階から何が現実的なのかはビジネスサイドの取締役とよくしていましたね。準備段階に入る前から、計画立案と達成は、"練習"して、きちんとデータをとっていたんです。何がキードライバーになるのか、どの数字がどうなると達成が危うくなり、どの値なら大丈夫なのか等、基準数値を明確にしていました。

私自身、アナリストとしてデータ分析のノウハウはありましたし、当社のCOOが、別のスタートアップ企業でCFOをやった経験があり、その点は非常に心強かったです。


金沢 IPOして、1ヶ月が経ちました。振り返って、IPO準備に向けて重要だったことは何だと思いますか。


竹本 役員の中で「IPOは手段でしかない」という確固たる想いを共有できていたので、計画必達のために、無理して数字を作って帳尻を合わせるといったことが一切なかった。IPOはゴールにしない、と覚悟を決めてやりきれたのはよかったなと思います。日々の意思決定では小さな朝令暮改は必要ですが、IPOを目指す上で、「ここはぶらさない」という大きな軸をきちんと決めることが大事だと思います。

WACULでは、役員たちが徹底した議論を重ね、みんなで決めるというプロセスを妥協せず、徹底した合議制にこだわりました。その上で、決めたことはやりきるという覚悟を共有することが大切です。不確実なことがたくさん起こるので、意思決定者が腹落ちして納得するまで、意見を言い合う。その過程をショートカットしないよう、情報の透明性は担保すべきだと思います。


金沢 ありがとうございます。様々なお話、興味深く聞かせていただきました。

今後も起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催していきますので、よろしくお願いいたします。