ジャフコでは、起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長スタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催しています。今回のテーマは「フェーズごとの壁とその乗り越え方」。2009年の創業から急成長を続けるVisionalグループの株式会社ビズリーチより、人事本部 人事統括室 室長の坂本 猛氏をゲストにお迎えしました。
【登壇者プロフィール】(敬称略)
株式会社ビズリーチ 人事本部 人事統括室 室長 坂本 猛 (さかもと・たけし)
名古屋大学工学部卒業後、株式会社ジェイティービー(現:株式会社JTB)を経て、株式会社リクルートエージェント、株式会社リクルート(いずれも現:株式会社リクルートキャリア)にて企業の採用支援、新規事業立ち上げ、リクナビNEXT内の新規サービス立ち上げを担当。その後、2011年に社員数十数名の頃の株式会社ビズリーチに入社。ビズリーチ事業内新規サービス、キャリトレ事業の立ち上げ等を経て、人事に。現在は、Visionalグループ全体の人事(主に採用)と、ビジョナル・インキュベーション株式会社の人事全般を担当。
<ファシリテーター>
ジャフコ グループ株式会社 金沢 慎太郎 (かなざわ・しんたろう)
株式会社ワークスアプリケーションズに入社。2017年にエッグフォワードに参画し、執行役員に就任し、多数企業における組織課題・人材課題に取り組んできた。現在はジャフコにて、投資先のバリューアップを行うべく、スタートアップの組織・人材開発支援に従事。
直面した3つの壁 【アーリー〜ミドルフェーズ】
金沢 坂本様は、現リクルートキャリアで新規事業立ち上げ等を経験された後、2011年に社員十数名規模のビズリーチに入社されました。現在ビズリーチはグループ全体で1,400名近くの従業員を擁していらっしゃいますので、会社の急拡大をまさに体感されてきたお立場だと思います。
まず、アーリーから100名前後のミドルフェーズにおいて、御社が直面した壁についてお伺いします。一般的にこのフェーズでは、ミドルマネジメント層の不足や機能不全といった問題が生じがちですが、御社はいかがでしたか?
坂本 壁は3つありました。1つ目は、組織拡大に伴うコミュニケーション不全です。創業当初に借りていたマンションオフィスやその後に移転した小さなオフィスでは、みんなの話が自然と耳に入ってきたため、特に意識していなくても情報共有ができていました。しかし規模が拡大すると情報が入ってきづらくなり、創業メンバーの想いや価値観等、それまで当たり前のように共有されていた「常識」が、社内の常識として通じなくなっていきました。社員同士が連携しながら事業を推進していく上で、それは大きな阻害要因になっていました。
2つ目は、先ほど金沢さんがおっしゃったように、マネジメント人材の不足。「鍋蓋型組織」が限界を迎え、組織の階層化やマネジメント人材の配置を進めたのですが、そもそも創業期はマネジメントより事業立ち上げに適性のある方が入社してくださっていました。そのため、社員数が増えるなか、1人あたりのマネジメント人数が大幅に増えていくという状況に陥ってしまったのです。
3つ目は、採用要件が適切に言語化されていなかったため、新たに入社する社員とのミスマッチが生じていたこと。創業からしばらくは創業者の南(壮一郎氏/現:ビジョナル株式会社 代表取締役社長)が面接をしてきました。ところが、組織拡大に伴い採用活動に関わる人数が増えたにもかかわらず、採用要件が言語化されていなかったことで、いわゆる"採用におけるミスマッチ"が増えてしまいました。
金沢 3つの壁のうち、最も苦戦した壁はどれでしょうか。
坂本 最も影響を及ぼしたのは3つ目の壁ですが、中長期的にボディーブローのように効いてきたのは1つ目のコミュニケーションの問題ですね。組織の問題は全て、人と人との間のコミュニケーション不全から始まるからです。
壁を乗り越えた方法 【アーリー〜ミドルフェーズ】
金沢 3つの壁を乗り越えた方法について、それぞれお聞かせください。
坂本 1つ目は、ミッション・ビジョン・クレドからなる「ビズリーチ・ウェイ」を2012年に策定しました。ゼロから生み出したのではなく、もともと創業メンバーの間で共有されていた目指したい方向性や価値観を言語化してできたものです。当時は社員数が30名から100名近くまで急拡大した時期で、経営層の価値観が全員に伝わらなくなる危機感が増していた頃でした。
金沢 価値観を明文化したものの、社内になかなか浸透しないというケースもよくあります。その点で工夫したことはありますか?
坂本 地道なやり方ですが、全社朝会でビズリーチ・ウェイに沿った実体験のスピーチを持ち回りで行ったり、表彰制度やMBOの評価基準にビズリーチ・ウェイを導入したりと、日常業務に入り込むような形で浸透を進めました。また当時は、南が社内イベントを重視していたのですが、それらにもビズリーチ・ウェイのエッセンスが大いに反映されていましたね。
金沢 なるほど。「カルチャーフィットを重視する」というのもスタートアップのポイントのひとつですよね。あと2つの壁についてはいかがでしょうか。
坂本 2つ目のマネジメント人材の不足については、まずはマネジメント経験者の採用を進めました。ただ、当社はマネージャーとして採用するのではなくメンバーから経験してもらい、実績を出してはじめてマネージャーに登用するということにはこだわりました。また、経験の浅いマネージャーの負担を減らすための施策として、スキル獲得を目的とした研修をライン組織に任せずセントラル組織で巻き取って実施する、セールスフォースを導入して数字で判断しやすい状態を作る等を行いました。
3つ目の採用については、採用要件の言語化、面接官のトレーニング、そして入社者が活躍しているかどうかについての振り返り面談を丁寧に行いました。特に労力を要したのは面接官のトレーニングです。全面接官に研修を実施した後、人事担当者が面接に数回同席してフィードバックして認識をすり合わせるという地道な取り組みでしたね。
採用で重要なのは、すべての採用基準を仕組みによって担保するのではなく、人間でしか感じられない感覚的なことをいかに言語化するか。あと、当時はできていませんでしたが、入社後の活躍データを蓄積することができれば、面接選考の精度が低い面接官を数値で検知し、その人を集中的にトレーニングするといったことが可能になりますのでお勧めです。
直面した3つの壁 【ミドル〜レイターフェーズ】
金沢 次に、社員数100名以上のミドルフェーズから現在において直面した壁についてお伺いします。ミドルフェーズの後期になると、マネジメントの強化、MVVやパーパスの浸透、人事制度の設計といった面で課題が生じるケースが多いと思います。
坂本 そうですね。先程と同様に3つに分けてお話ししますと、1つ目の壁はミドルマネジメントの強化。社員数100名までならメンバーとマネージャーと部長数名でも組織として機能しますし、役員が部長を兼務するケースも多いと思います。しかし、100名を超えてくるとその体制は限界を迎え、部長レイヤーの育成・登用が必要になりました。
2つ目は、ビズリーチ・ウェイ浸透の難易度が高まったことです。ワンフロアに納まる規模の組織であれば全員で集まって情報共有やイベントの実施ができましたが、組織拡大によりフロアが分かれ、更には新たな拠点も次々と設置されるなかで、浸透がより難しくなりました。
3つ目は、異動や昇進などの人事の基本施策において、それまでの経験や勘に頼っていては正しい意思決定ができなくなったことです。100名までは、決裁者が全社員の顔と名前、そしてその活躍ぶりを把握することはギリギリ可能ですが、100名以上になるとそれが難しくなるからです。
いずれも現在もなお継続して取り組んでいる課題ですが、特に3つ目は大きなチャレンジですね。
壁を乗り越えた方法 【ミドル〜レイターフェーズ】
金沢 では、3つの壁を乗り越えるために取り組んでいることを教えていただけますでしょうか。
坂本 1つ目のミドルマネジメントの強化のためには、管理職が横にも縦にも広がるなかで、育成や評価の目線を合わせることを目的に、人事制度の改定を行いました。そしてつい最近の話ですが、社員の能力開発の道しるべとなる人材開発方針を定め、それに合わせてもう一度人事制度の改定を行いました。とりわけ、個人の期待役割を明示して必要な能力を明確化しました。
金沢 人事制度を作るのは大変ですが、期待する役割と現在の自分とのギャップを認識してもらうことで社員が目標に向けて自走するようになるので、最終的には人事コストも減っていきますよね。
坂本 おっしゃる通りです。2つ目の「ビズリーチ・ウェイ」の浸透については、まずは、ミッション・バリュー・クレドから成るものにバージョンアップして世の中に公開しました。創業メンバーの価値観を言語化した従来のビズリーチ・ウェイは、少し尖ったな言葉が並んでおり、公開するには誤解を招く可能性があったためです。世の中に公開した目的は、採用選考を受ける前の段階から候補者様に当社の価値観を理解していただくためです。入社前から入社後に至るまで一貫してビズリーチ・ウェイの浸透に取り組みました。
3つ目の全社員の把握については、当社の人財活用プラットフォーム『HRMOS(ハーモス)』を自社にも導入し、採用から入社後までの情報を一元化することによって実現しました。これを実現するまでは、採用管理システム内のデータと入社後の人事データの接続が非常に煩雑であるがゆえに、例えば異動候補者の情報を知りたくてもデータが散在していて集約に1日かかる...なんてことも日常的に発生していました。早い段階で情報を一元管理することがとても重要です。
新施策やIT活用を社内でどう推進するか
金沢 参加者の方々から質問がいくつか届いています。まず、〈HR関連の施策は結果が出るまでに時間がかかるが、投資の承認をどう得たか?〉。
坂本 結果が測定可能な施策については、「測定する」ということで担保しました。それ以外については、できるだけ定量的な指標を作ることを心がけました。具体的には、施策後にアンケートを取得し経年で比較することや、「やりがい」や「自身の能力活用」に関するサーベイ等です。Great Place to Work®(働きがいのある会社研究所)の調査結果を裏づけに用いることもありました。
金沢 〈データ化やツール利用はIT部門との連携が欠かせないが、どう巻き込んでいったか?〉という、さらに具体的な質問も届いています。こちらはどうでしょうか。
坂本 当社の場合、『HRMOS』をはじめとする自社プロダクトを開発していることもあり、「ITやデータを活用して生産性を高める」ことは、ごく自然なこととして認識されています。経営層もそうした投資には好意的ですし、IT部門の巻き込みに苦労したことはありません。ですので、意思決定はスムーズですが、それを実現する人材が不足しているという問題は常にありますね。それは引き続き今後の課題です。
金沢 ありがとうございます。様々なお話、興味深く聞かせていただきました。
今回は「フェーズごとの壁とその乗り越え方」というテーマでお送りしました。今後も起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催していきますので、よろしくお願いいたします。