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シリコンバレーから宮崎県に来た逆輸入起業家 人口17000人の町から農業ロボットで世界の農業課題を解決
シリコンバレーから宮崎県に来た逆輸入起業家 人口17000人の町から農業ロボットで世界の農業課題を解決

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
8回は、AGRIST株式会社 代表取締役社長 齋藤潤一氏にお話を伺いました。

【プロフィール】
AGRIST株式会社 代表取締役社長 齋藤 潤一(さいとう・じゅんいち)
20代前半に渡米。シリコンバレーの音楽配信スタートアップでサービス開発責任者に従事する。帰国後、アパートの一室でデザイン会社を設立。大手企業や官公庁等、数多くの案件を手がける。東日本大震災を機に、地域課題の解決に自身のスキルと経験を活かすことを決意。以後、全国各地で地方創生プロジェクトに多数携わる。2017年、宮崎県新富町が設立した一般社団法人こゆ地域づくり推進機構(以下こゆ財団)の代表理事に就任。2018年、日本の地方創生の優良事例に選出され総理大臣官邸で事例発表。2019年、農業課題を解決すべくAGRIST株式会社を設立。MBA(経営学修士)。慶應義塾大学非常勤講師。スタンフォード大学 Innovation Master Series 修了。

【What's AGRIST株式会社】
宮崎県新富町で2017年から開催していた農家らと勉強会を発端に2019年に設立。テクノロジーで農業課題を解決することを使命とし、農作物自動収穫ロボットを開発。人材不足解消や人件費の圧縮等、日本のみならず世界の農業課題の解決を目指す。蓄積していく農作物の画像データをAIでビッグデータ化することで、収穫だけでなく、病害虫の早期発見や環境制御にも取り組む。2020年には8つのビジネスコンテストで受賞。農作物自動収穫ロボットはPCT国際特許を出願。20211月には資金調達ラウンドシリーズAを完了し、採用強化、販路拡大を進めている。


Portfolio


シリコンバレーで経営の厳しさを体感し、逆に起業への挑戦心が湧いた

齋藤様はシリコンバレーのスタートアップ、表参道でデザイン会社、地方創生プロジェクト等、多彩なキャリアを積まれていますが、起業を志したきっかけをお伺いできますか。

元々、明確に起業を志していたわけではありませんでした。幼少期を奈良県や長崎県の田舎町で過ごし、関西大学へ入学。当時、学生は大企業への就職が多く、大学も推奨していました。しかし、私はいわゆるサラリーマン一家の長男として生まれたのですが、物心ついた頃から父とは別の道に挑戦したいと考えていました。そして海外への憧れもあり、「いつかアメリカに行きたい」と考えていました。

そんな中、最初の転機が訪れます。突然、仲が良かった親戚が交通事故で亡くなったのです。私はその方に前日に会っていたので、とても衝撃を受けたのを覚えています。このときに、誰にでも死は突然訪れる可能性があるんだ、「いつか」なんて言っていられない、「今アメリカに行こう」と大学を中退して、渡米を決意しました。


ー思い切った決断をされたのですね。アメリカではどんな日々を過ごされたのでしょうか。

世界のビジネスの最先端を経験するため、アメリカのシリコンバレーに行きました。最初に入ったコミュニティカレッジは、スティーブ・ジョブズが非常勤講師を過去にやっていたこともあり、Apple製品が授業で使用されていたりと面白いカレッジでした。そして卒業後、現地のスタートアップの音楽配信会社に入社しました。

当時私は5番目の社員で、インターンから入り、最終的に全米の携帯ユーザー向けのサービス開発責任者を担当していました。その会社ではビジネスの楽しさも、経営の厳しさも体験しました。当時、CEOの側で働かせていただいたのですが、採用活動や資金調達など 多くの重要な意思決定を間近で見させていただきました。当時の私にとっては、「今の自分には到底できない意思決定だ」と衝撃を受け、そこから逆に「だからこそ、起業という世界に挑戦したい」という気持ちが湧いてきたのです。

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当時のCEOからは「起業するなら期限を決めた方が良い」と常々言われていました。その理由は、「3年間、一生懸命努力すれば何かの専門家には絶対なれるし、仮に失敗しても何度でもやり直せる」と。それを聞いて、人生一度きりだし、その通りにやってみようと思い、当時25歳だった私は日本に帰って起業することに決めました。


帰国後、
表参道で会社を経営地方の現場から課題を解決するべく拠点を宮崎へ

日本に帰国後、どのように起業してビジネスを展開していったのでしょうか。

アメリカでデザインやブランディングとマーケティング領域でサービスの責任者をやっていたこともあり、日本ではまずデザイン会社を立ち上げました。当時、ITバブルが続いていたこともあり、WEBサイト制作がメインの事業。アメリカから帰国して仕事なんていくらでもあるだろう、と思っていたのですが、開業当初は全然仕事がありませんでした。アメリカ時代からお世話になっている方から「仕事紹介するよ」と言われても「自分でなんとかしますから」と断っていたり、シリコンバレーでは自分は「仕事の発注側」だったので、調子に乗っていたんでしょうね(笑)。

いよいよ家賃が支払えない状況になり、「あ、本当にお金って一瞬で無くなるんだ」と二度と体験したくない思いをしました。それからは、プライドを捨ててWEBの掲示板に書き込んだり、WEB制作会社へも必死に営業しました。徐々に仕事をいただけるようになって、最終的には大手企業や官公庁の案件も手がけるくらいに成長はでき、表参道に事務所を構えられるほどにまでになりました。その辺りから、忙しく働く中で、段々と「やりがい」を意識するようになっていきました。

一概には言えませんが、大手広告代理店からいただいていた大きな予算のお仕事は稼げはするものの、私にとって「やりがい」とは少し違う感覚でした。それに比べて、少しずつやらせていただいていた地方創生の案件は、予算は小さかったのですが地域の方に「ありがとう」と言われることが多くて楽しさを感じていました。

幼少期に地方で暮らして体感した地域の"お裾分け文化"的な感覚が好きだったことが、蘇ってきたのかもしれません。それが、私にとって「やりたい仕事」なんだ、と気づいたのです。お金を稼ぐだけではなく、人に感謝されることがしたいのだなと自覚しました。


ーなるほど、そこから地域の仕事に本腰を入れて取り組み始めていくわけですね。

そうですね。そんな想いを持ち始めた2011年、東日本大震災が起こります。その時に、自分のスキルや経験を社会のために、地域のために使いたい、それが自分にとっての「やりがい」だと強く想ったのが、地方創生事業に本腰を入れるきっかけでした。

まずは、当時の地方創生関連の事業で伝統工芸品の海外販路開拓の案件があり、宮崎県日南市で事業を実施していました。その後、現場主義に基づいた地域づくりという視点で宮崎県に移住。

今思えばこの仕事がエポックメイキングでしたね。当時はまだ新しかったクラウドファンディングで、「伝統工芸品を世界のギフトショーに持っていきたい」という企画を成功させて、「ガイアの夜明け」に出演させていただいたり、様々なメディアでも取り上げていただきました。宮崎県の方から応援も協力もたくさんいただき、地域の方々のおかげで実現できたプロジェクトでした。今でも宮崎県に恩返しをしたい気持ちが強いです。

それをきっかけに、全国各地10カ所程で地方創生の仕事をやらせていただけるようになり、この時の経験や人の繋がりが今のAGRISTにも活きています。

これらの活動が評価されて、2017年、宮崎県の新富町が新たに設立した「こゆ財団」の代表に就任させていだだくことに。そこでは一粒1000円のライチを開発したり、ふるさと納税で累計50億円の寄付金を集めたり。国の地方創生優良事例にも選んでいただき、首相官邸でプレゼンさせていただいたこともありました。

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地方から
世界の農業課題を解決するためAGRIST株式会社を設立

農業ビジネスへのアプローチやAGRIST株式会社の設立はどのような経緯だったのでしょうか。

2017年から、宮崎県新富町の農家と定期的に勉強会を開催していました。農業は人手不足や人件費の圧迫等の課題を抱え、持続が難しい状況になっていたのです。そこでは農家の皆様から「農業にはロボットが絶対に必要だ」という声が頻繁に上がっていました。

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農家らとの勉強会の様子


後継者不足で辞めてしまう農家さんもいらっしゃったし、道を歩いていると空きハウスが増えてきていて、人手不足の課題は肌で感じていました。しかし、明らかに地域の農業にはロボットが必要だとわかっているのに、当時の私にはロボットを開発する技術がありませんでした。

そんな折りに、北九州工業高等専門学校で講演会をする機会があり、そこに来ていた現CTOの秦と出会います。彼はもともと農家を志しており、ロボットを作ることにチャレンジしたいと言うので、すぐに「つくってみよう」と開発に着手し、2019年にAGRIST株式会社を設立しました。

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北九州高専のメンバーらと試作機をつくる様子


開発したロボットは人工知能を搭載しており、ビニールハウス内を巡回し、農産物を収穫します。ビニールハウスの足場に関係なく、ワイヤーを走行する吊り下げ式の収穫ロボットです。農作物の画像はビッグデータとして解析し、収穫精度を高めていきます。2020年には国内の8つのビジネスコンテストで受賞することができ、これから販路拡大のフェーズとなっています。


ーなぜ宮崎県の新富町で起業したのでしょうか。

それは、地域で起業した方が、顧客の声をもっとも聞けるからです。いま農家の福山さんとロボットを開発しています。我々が新富町の農業に感じている課題は氷山の一角で、34年後には絶対に全国に広がっていくと考えています。だからこそ、新富町でスタートしました。新富町の課題を解決できれば、日本の課題を解決でき、世界にもスケールできる。さらにハードだけでなく、ソフトも使えば様々な課題解決に繋がるはずです。

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ロボットを共同開発している農家の福山氏


17,000
人の小さな町から、世界の課題を解決することは非常に社会的意義もあります。また、起業家の戦略としても、この活動自体が広報やマーケティングになると捉えているのです。

現代は、「完璧な商品」があれば良いわけではなく、「完璧な商品+共感」で人の心は動きます。小さな町からチャレンジするからこそ共感を生み、顧客が増え、事業がスケールしていく。新富町での活動にはそういうイメージを持っています。


「誰となぜやるのか」が
ビジネスで最も大切にしている事

事業を創る上で大切にしていることは何でしょうか。

自分が「なぜその事業をやるのか、誰とやりたいのか」ということは、常に大切にしています。私がビジネスを行う上での根源とも言える考え方です。

例えば、前述の大手企業の広告の仕事は予算が大きいかもしれませんが、「なぜその仕事をやるのか」という想いが私にはありませんでした。地域の仕事に携わったときに、社会課題を解決して地元の人たちに「ありがとう」と言ってもらえると嬉しい、それが自分の「なぜその仕事をやるのか」という理由です。

「誰とやるか」も非常に重要です。こゆ財団が創設からわずか2年で国の地方創生の優良事例に選出され、総理大臣官邸で事例発表するようになったのは、まさにチームの力でした。私自身も自分の役割として特産品である1粒1000円のライチを開発して、みずから被り物をして全国でPR活動もしました。この時の経験から「誰とやっていくか」が起業をする上で重要視するポイントとなりました。

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CTO(左)と高橋COO(中央)


ー投資の受け入れも一種の「誰とやるのか」に当たると思いますが、ジャフコの投資を受けたきっかけは何でしょうか。

農業は地方創生とすごく絡んでいて、地域全体のムーブメントを創り、国全体のムーブメントを創らないといけないと思っていました。地元から課題解決をしなければスケールしないなと思っていたので、資金調達の初期段階で九州のベンチャーキャピタルと宮崎県の地元の金融機関相談をしました。

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九州山口ベンチャーアワードでは、大賞を受賞


そこから農業ロボットの必要性に共感いただき事業を推進していったのですが、その後、太陽光発電等のスマート農業を推進する過程でエネオスさんと出会い、出資いただいていました。


自分の直感を信じて
JAFCOを選んだ

そして、ちょうど資金調達ラウンドシリーズAを完了し、IVSほかビジネスコンテストでも多数受賞、同時にJAのアクセラレーターにも選出していただき、一気に販路開拓したかったタイミングでジャフコの山形修功さんから数年ぶりにFacebookメッセンジャーでご連絡をいただきました。

まるで、空から天使の羽がふわりと舞い込んできたような神秘的な感覚でした。山形さん曰く、数年前にイベントでお会いしてからFacebookで私の活動を見てくださっていたらしく、私が1粒1000円ライチの被り物してPR活動していたことも見られていたそうです(笑)。

私はロジカルな人間でありながらも、縁や直感も信じている節があります。その第六感的な感覚は経験による集合知からくるものだと考えているからです。実は山形さんからご連絡をいただいた時、数社から投資のお声がけをいただいていました。

しかし、自分の直感を信じて山形さんと組みたいと思ったので、シリーズAのエクステンションラウンドとしてジャフコさんの投資を受けることに決めました。ジャフコは、上場等、今後飛躍的に事業成長していく上では、とても心強いパートナーです。とはいえ、何よりも山形さんと一緒に仕事したいという想いが優っていました。


地方から世界の農業課題を解決し
持続可能な社会の実現を目指して

今後はどのような事業展開を考えているのでしょうか。

今後、人口が減っていく日本において、国内の農業課題の解決は不可避なことです。その課題に対しては着実に取り組んで行こうと思いますが、その上でちゃんと収益も意識しながら事業を成長させて行きたいと考えています。AGRISTは慈善事業ではないので、資本主義経済の中で、どれだけソーシャルインパクトを出せるかが重要です。

日本の課題解決の次は世界。ロボットに加えてSaaS特許のライセンシングで海外の事業と組んで課題を解決していきたいと思います。国連やJICAと組んで、将来的に世界の農業課題を解決していく等も視野に入れています。

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SDGsの考えからサスティナブルな事業にするのもひとつのテーマです。AIやビッグデータを活用して事業の価値を高めたり成長させたり。宮崎人口17,000人の小さな町の農業からサスティナブルな形で世界の農業課題、食糧課題の解決に貢献していくのがAGRISTの野望です。

2040年にはテクノロジーが主流になっているはずです。5Gのみならず6Gが広がる世界を見据えて活動をしています。あとはいかに着実に積み重ねるか、スピードアップするかが重要だと考えています。


ー最後に、若手起業家や起業を目指す方にメッセージをお願いします。

起業は、承認欲求を満たしたいとか、起業家ってかっこいいなどではなく、「誰となぜやるのか」を大切にしていただきたいと思います。抽象的なことかもしれませんが、そんな人間の根源的なところが最も事業を成功させる上で重要です。

AGRISTも採用活動において「誰となぜやるのか」をとても大事にしています。実際に大手企業で勤めていながら農業課題の解決に共感して問い合わせをしてくださる人が多いです。

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シリコンバレーのビジネススクールでは、「起業で大事なのは、起業家になることではなく、起業家精神を持ち続けることだ」と言われています。今回のような新型コロナウイルス等の不測の変化が訪れた際は、外的要因により気持ちがぶれる事もあります。

しかし、そんなときでも「誰となぜやるのか」をしっかりと持っていれば、一緒に挑戦してくれる仲間と支え合えますし、不屈の精神で困難を乗り越えられるはずです。それが起業家精神の醸成に繋がり、事業も成長していくのではないかと思います。