起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第7回は、契約マネジメントシステム『ホームズクラウド』を提供する株式会社Holmes 代表取締役 笹原健太氏にお話を伺いました。
【プロフィール】
株式会社Holmes 代表取締役 笹原 健太(ささはら・けんた)
司法試験合格後、弁護士として法律事務所に勤務。2013年に弁護士法人 PRESIDENTを設立。「世の中から紛争裁判をなくす」という志を実現すべく、17年に株式会社リグシー(現・株式会社Holmes)を設立。現在は弁護士登録を抹消し、CEOとして同社の提供する契約マネジメントシステム「ホームズクラウド」の成長に向けて力を注いでいる。
【What's 株式会社Holmes】
Holmesは「世の中から紛争裁判をなくす」という志のもと、契約の本質的な課題解決を通して、多様な人々が生き生きと活躍し、権利義務が自然と実現される未来を目指しています。Holmesが提供する「ホームズクラウド」は、契約プロセスの最適化と契約ライフサイクル管理を通して、業務効率化と生産性向上を実現する、国内初の「契約マネジメントシステム」です。契約書作成、法務相談、押印申請、締結、保管、ステータス管理等、事業部から法務部まで様々な部署が関わる複雑な契約業務を、迷わずもれなく行うことが可能です。
弁護士として感じていた「契約」の課題
ーまず起業前のお話から伺いたいのですが、笹原様が弁護士を目指したきっかけを教えてください。
実を言うと、最初は明確な動機があったわけではないんです。法学部卒業後に就職した金融系の会社をすぐに辞めてしまい、これからどうしようか迷っていた時に、友人が法科大学院に受かったという話を聞いて自分もチャレンジしてみようと。その後、2008年に旧司法試験に合格して司法修習を受け、都内の法律事務所に入所しました。
ー2年半ほど勤めてすぐに弁護士法人を設立されましたね。入所当初から独立は視野に入れていたのですか?
はい。弁護士としての経験を積むために、一般民事から企業法務、刑事事件まで幅広く手がける事務所を選びました。自分で案件を獲得することも許されていたので、保険会社でトップセールスとして活躍していた知人にノウハウを学びながら、積極的に営業活動もしていました。
ーHolmesは「世の中から紛争裁判をなくす」という志を掲げていますが、そうした想いは当時から抱いていたのでしょうか。
そうですね。当時、自分が弁護士として何を実現したいのかをよく考えていたのですが、最も課題に感じていたのが「契約」に関する争いでした。
契約業務は関係部署が多岐に渡るほど煩雑になりますが、契約プロセスや管理の仕組みが整っていない企業は多く存在します。そのため、契約書を交わさず口約束で済ませてトラブルに発展したり、契約内容を把握していないせいで意図せず契約違反をしてしまったりする。そうしたことにより起きる紛争は企業規模や業種を問わず発生していて、たとえお金と時間と労力をかけて裁判で勝っても誰も幸せそうじゃないという結末をたくさん見てきました。
そもそも契約書を管理する仕組みさえきちんとしていれば裁判沙汰にはならないし、もし問題が起きてもボヤで終わらせることができる。そんな想いから、予防法務の道に進みたいと考えるようになりました。
ーご自身で設立された弁護士法人でも、予防法務に力を入れていたのですか?
顧問先の契約書のレビューを積極的に受けたりはしていましたが、「契約は大切ですよ」と1社1社に啓蒙するという足し算の発想では、志の実現には到底及びません。弁護士1000人を抱える事務所になったとしてもたかが知れています。日本全体を変革するならマンパワーではなくITを使った仕組みが必要だと、その頃から漠然と考えていました。
ーそこから起業を意識し始めたのですね。
昔から司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が大好きで、孫正義さんや稲盛和夫さん等の経営者の本をたくさん読んできたこともあり、起業への憧れはありました。ただ、この時は「起業しよう」というより、「志の実現のために日本中で使われるプロダクトを作ろう」という気持ちのほうが強かったですね。
契約書作成から管理までを一貫して行えるクラウド契約サービス
ープロダクトを開発すると決めて、最初に取り組んだことは何ですか?
エンジニア探しです。ツテがまったくなかったので、弁護士法人で導入していたプラットフォームのベンダーにお願いしました。当初考えていたのは、モバイルで契約書を作成できるサービス。数百万円かけて開発したのですが、なかなかイメージ通りに仕上がらず、結局ローンチせずに終わりました。
ーうまくいかなかった要因は?
見積もり額を支払って指示通りのものを作ってもらう、という単発の外注スタイルが要因だったと思います。スタートアップは改善が命なので、しっかり議論しながら継続的に開発に取り組んでくれるパートナーが必要でした。
その教訓を活かし、現在提供している『ホームズクラウド』の原形は、月額契約で継続的に依頼する形で開発を進めました。弁護士法人の顧問先の方に「契約に関する事業を立ち上げようと思っている」とお話ししたところ、リーガルテック領域に興味を持ってくれ、開発事業をしている子会社を紹介してくれたのです。
本業もあったので開発には1年以上かかってしまいましたが、顧客からフィードバックをいただくためにもローンチは早々にしたほうが良いと判断し、改善の余地がまだある段階で2017年にプロダクトを正式にローンチ。ありがたくも、日経新聞にローンチ情報を掲載いただきました。
ー反響はいかがでしたか?
契約書の作成から締結・管理までをクラウド上で一貫して行えるサービスは今までなく、当時はセルフサーブ型だったにもかかわらず2ヶ月で数百社にアカウント登録していただきました。ベンチャーキャピタルからも何社かお問い合わせいただき、その中の1社から2500万円の資金調達をしたのもローンチから2ヶ月後くらい。ただ、当時はお金が必要だったというより、「スタートアップ村」に加わって起業関連のネットワークを広げたいという想いのほうが強かったです。
ーローンチの翌年には、ジャフコをリードインベスターに据えて総額約5.2億円の資金調達を実施されています。ジャフコを選んだ決め手は?
実は、ジャフコさんにはローンチ直後にもお問い合わせをいただいていました。その時は具体的な話にはなりませんでしたが、初回に投資をしていただいた会社の代表が「そろそろシリーズAをやったら?」とリードインベスター候補を十数社紹介してくれ、その際にジャフコの北澤さんもご紹介いただきました。
バリュエーションの金額感が合ったことは決め手のひとつですが、ジャフコより高い金額を提示する投資家もいました。金額以外で私が魅力に感じたのは、ジャフコ社内の意思決定スピードの速さに加え、北澤さんと考え方が合致したこと。
紙の契約書やハンコがなくなったからといって契約が最適化され、権利義務が自然と実現されるわけではありません。それらはあくまでも手段。真の課題を解決するには、契約プロセスや管理の仕組み自体を再設計する必要があります。「契約書の電子化」等、わかりやすい手段に反応する投資家がいた中で、北澤さんは私が目指す世界を尊重し、そこに理解を示してくれました。たとえ資金を調達するためでも、志に嘘はつきたくなかったので、私の志を信じる真摯な北澤さんの姿勢に心を動かされたんです。
ージャフコをパートナーに迎えてよかったと感じるのはどんな時でしょうか。
現在、担当の北澤さんと清田さんとは定期的に事業について壁打ちをしていますが、いつも本質を突く質問をいただけて、ハッとさせられます。思考や行動のフレームを指摘してくれたり、この先つまずくであろうことを予測してくれたり、具体的なやり方を押しつけるのではなく本質的なアドバイスをいただける点が助かっています。
笹原氏とジャフコ担当キャピタリストの清田怜(左)
人類史上初めて、契約がイノベーションに直面する
ー近年、政府や企業のDX推進が叫ばれていますが、「契約」という観点からは市場の変化をどうご覧になっていますか?
人類史上初めて、契約がイノベーションに直面する時代が来ると感じています。
契約そのものは物々交換の時代からあり、本来シンプルな仕組みのはずですが、17世紀に東インド会社が設立されて大規模な事業ができるようになってからは、組織が細分化されて契約業務も各部署にまたがるようになりました。昔は稲作から米の販売、納品、経理までをひとつの農家でやっていたのが、事業が拡大して分業制になることで各組織や部署に利害関係が生じるようになった。それなのに契約のあり方は長年アップデートされてこなかったのです。
脱ハンコ自体がイノベーションとは思いませんが、契約をアップデートする上で阻害要因になっていたハンコがようやくなくなろうとしている。それが実現した後に、真のDX、真の契約のあり方に向き合う時代が到来すると考えています。
ーその変化の中で、貴社がチャレンジしていく取り組みについて教えてください。
今後の取り組みは大きく3つ。「契約締結」「締結後の履行」「契約管理」を『ホームズクラウド』上で行えるようにすることです。
まず「契約締結」ですが、そもそも契約とは、タスクと情報のバトンパスが連なったリレーのようなもの。パスを失敗したり、関わる人が増えて煩雑になったりするせいで、リレーがうまくつながらなくなります。『ホームズクラウド』では、締結までをプロセス化・自動化するサービスの開発を進めています。
「締結後の履行」は、契約条件が満たされると納品やお金の受け渡し等が自動で実行される、いわゆるスマートコントラクトの導入。こちらはまだ試行段階ですが、開発に向けて解像度を高めています。
「契約管理」は、契約のステータスの可視化。例えば、商品を受け取る権利は、商品が納品された時点でなくなりますよね。このように契約のステータスは常に動いているので、それを把握して権利義務が正しく実現されるような仕組みを、今年4月にリリースする予定です。
ー東京・長野・福岡に拠点を構え、社員数も拡大している中で、笹原様ご自身は代表としてどんなことを大切にしていますか?
社内の基準合わせを重要視しています。スタートアップはフェーズがすぐに変化しますし、社員の出身企業も規模や成長フェーズがそれぞれ異なるので、基準となる価値観が社内でバラバラになりがち。例えば最近では、意思決定スピードを速めるために権限委譲を進めていますが、スピードの感じ方も人によって違うので進め方には工夫が必要です。「その会議は本当に必要なのか?」「そもそもなぜ始まったのか?」等、根っこの部分の問いかけを日頃から繰り返して、今Holmesに必要な価値観をすり合わせるようにしています。
ー2018年に弁護士登録を抹消していますが、その背景にはどんな覚悟があったのでしょう。
退路を断つとか、そこまでの覚悟があったわけではありません。人は何かのレッテルがあると、無意識にその通りに動こうとしてしまうもの。弁護士資格もそうです。弁護士は単価が高く粗利100%のビジネスなので、赤字になってでも市場を獲得するというJカーブの発想がない。また、上意下達の職人的なマネジメントスタイルでもあります。スタートアップの場合、自分より優れた人を味方につけて、リスクをとってでも事業をスケールさせていくことが重要ですから、弁護士というレッテルを外して起業家としてステップアップするために登録抹消を決めました。
当たり前の世界を当たり前に創っていく
ー起業前から一貫した志をお持ちですが、改めてご自身の「起業家としての志」をお聞かせください。
「世の中から紛争裁判をなくす」という志は、ともすれば誤解されがちです。「何とかして裁判を避ける」のではなく、「権利義務が自然と実現される仕組みを創る」という弊社のミッションとセットで初めて実現されるもの。契約は、経済活動だけでなく個人の生活にも密接に関わっています。ものを買うのも、家に住むのも、すべて契約。つまり私たちが掲げる志とミッションは、「当たり前の世界を当たり前に創っていく」ということだと考えています。
ー起業、サービスリリース、資金調達等の様々な経験を経た今、過去の自分にアドバイスしたいことはありますか?
私の愛読書の中にエリック・リースの『リーン・スタートアップ』がありますが、最初のプロダクト開発の時にこのモデルを徹底して取り入れてみたかったと思うことはありますね。MVP(Minimum Viable Product)を作って細かく仮説検証していく手法は、開発規模が大きくなっても忘れてはいけないと思っているので、今後の開発でもこだわっていきたい部分です。
ー最後に、起業家を目指す方や若手起業家の方へメッセージをお願いします。
「もっと世の中がこうなったらいいのに」という課題が思い浮かんだなら、ぜひ起業すべきだと思います。困りごとの解決だけでなく、エンタメのように「もっと喜んでもらう」という発想でもいい。誰でもそのインサイトに気づけるわけではなく、その人だからこその視点や価値が必ずあるはずなので、自分の発想を大切にしてください。