「天の邪鬼」な天性が農家の家系から医療の道へと誘う
ー起業前から医療業界に携わってこられた石井様ですが、どのような経緯で医療の道に進むことになったのでしょうか。
中学時代にうちの家系図を調べたら、先祖代々農家の家系だったんです。農業は重要な仕事ですがリスクも大きいので、この流れを変えなければとずっと考えていました。当時はまだ医療に特別な思い入れがあったわけではありません。高校時代にお付き合いしていた方が医学部を受験すると知って、じゃあ私は薬学部に進もうかなと(笑)。
当時、薬学部の卒業者の進路は、薬剤師か研究者か製薬会社の3択しかありませんでした。実家が薬局や病院の人は薬剤師に、就職以外を選ぶ人は研究者になる中で、天邪鬼だった私が選んだのは製薬会社。その頃から「雇われる側ではなく雇う側になりたい」と漠然と思っていたのですが、起業する術がわからず就職の道を選びました。
ー新卒で入社したアストラゼネカ、その後転職したノバルティス ファーマ、いずれも外資系製薬会社を選択されていますね。
当時、国内製薬会社は合併が相次いでいたこともあり、国際競争力の高い外資系に興味を抱いたんです。中でも、新卒採用を始めたばかりで上の世代が空いていそうなアストラゼネカを選び、MRとしてのキャリアをスタートしました。
営業成績は上々でした。ただ、MRの仕事というのは、自分たちの薬と競合他社の薬のどちらを使うかを提案する仕事。患者さんが薬を使うこと自体はすでに決まっています。そうではなく、「治療に際して薬を使うか使わないか」の議論から携わりたい。薬が売れたらいい、ではなく、ひとりの患者の方の人生を変えられるような仕事がしたい。そう思うようになり、臓器移植のキードラッグを有するノバルティス ファーマのプロジェクトに参画することにしました。
ーどんなプロジェクトだったのですか?
国内で臓器移植が最も進んでいる地域の一つである大阪で、年間の移植手術数を2倍にしようというプロジェクトでした。例えば、臓器移植を行っている病院を受診していないケースでは、多くの腎臓病の方は腎不全に進行した場合、ほとんどは移植という選択肢を知らないまま人工透析を開始します。
透析医療も日本は世界に誇る成績ですが、長い人生の上で様々な制約を受けなければなりません。例えば女性の場合は妊娠・出産も難しくなってしまうのが実情です。日本の透析医療の成績は世界最高水準で「生存」という視点ではとても素晴らしい医療の提供なのですが、患者一人ひとりのライフスタイルや希望に応じた選択肢がしっかり提示されているか、という点についてはまだまだ解決できる余白が残っていました。
ーその課題意識が起業を決意させたのでしょうか。
そうですね。あと、その頃に医師の先生方とは、旧態依然とした受療体験に対する課題感を共有していました。今でいう「DX」に近いです。
臓器移植のできる医療機関は国内で限られているため、術後の患者さんは経過観察のために年に何回も時間とお金をかけて通院されます。でも、地域の開業医で検査して結果をデータで送ってもらうことができれば、年1回の通院で済むかもしれない。そのためには新しい医療の仕組みを作る必要があると、当時から専門医とディスカッションを重ねていた気がします。
ビジネススクールで経営学を学んだ後、まず設立したのは医療機関向けの経営コンサルティング会社。当時は、モノづくり系企業がもっと医療介護分野に参入していかなければと盛り上がっていた時期で、私も錚々たる企業のプロジェクトに参画させていただきプレゼンをしたのですが、ことごとく受け入れられず...。次第に、こういった「外部からの提案の形」では日本にイノベーションを起こすことは難しい、と思うようになりました。
ーその後、ネクストイノベーションを設立されたのですね。
はい。背中を押したのは、2015年8月に厚生労働省が発出した遠隔医療に関する通知。これを受け、繋がりのあった薬剤師や医師のメンバーとともに、オンライン診察のサービス化を目指して新会社を設立しました。
試行錯誤の末に生まれた「スマルナ」がスマッシュヒット!2年半で39万ダウンロードを突破
ー現在のネクイノは、婦人科特化型オンライン診察プラットフォーム『スマルナ』の運営に注力されていますが、設立当初は別のサービスを展開されていたそうですね。
ええ。医師によるオンライン診察と薬の配送をサービス化した『スマ診』、男性のEDやAGAといった診察を受けにくい悩みに特化した『スマ診』を運営していました。実は当時から『スマルナ』の原案はあったのですが、そのときの経営メンバーが全員男性で女性心理を正確に掴むことが難しかったため、まずは別の領域からオンライン診察のニーズを探ることにしたのです。
私たちが対象としたのは、制約が厳しい保険診療ではなく自由診療。自由診療がそもそもオンラインで成立するか、ネット広告を出稿したらどの程度反響があるか等を検証しながら運営していました。
ー『スマルナ』にシフトしたきっかけは?
その前にリリースしたサービスが思うようにいかず、次に控えていた『スマルナ』のリリースを前倒しした、というのが実際のところです。『スマルナ』はピルが必要な方が無料で医療相談や医師のオンライン診察から処方、配送までできるアプリのサービスです。
2017年に1回目の資金調達をし、花粉症のオンライン診察サービスを開始しました。バレンタイン時期から薬を飲み始めれば、低価格の薬でも症状を和らげることができるという正しい医療情報に基づいたサービスでしたが、実際にユーザーが集まり始めたのは3月中旬過ぎ。しかもオンライン診察の場合、薬が届くのは早くても翌日なので、すでに症状に苦しんでいる方々にはマッチしませんでした。
正しい医療情報に基づくだけなら医療機関と変わらない。今、振り返ればプロダクトアウトのサービスだったなと思います。
ー婦人科領域に着目したのはなぜでしょうか。
2015年の調査によれば、15〜40歳の女性のピル常用率は、フランス・ドイツが30〜40%であるのに対し、日本はわずか4%。理由はピルの入手しにくさにあります。
スウェーデンでは助産師がピルを出せますが、日本では医師しか処方できません。日本の産婦人科医1万人に対し、生殖年齢の女性は1600〜2000万人にのぼるので、ピルがほしいと思っても長時間待たされる等、入手しにくい現状があります。価格についても、海外の先進国では月間5〜20ドル程度で、年齢によっては無料になる国もありますが、日本では40ドル前後かかります。そもそも受診に抵抗がある人も多いです。
医療には「クオリティ」「アクセス」「コスト」という3つの評価要素があり、日本は3つすべてをほぼ実現できている稀有な国。本来、オンライン診察は必要ありませんが、一方で予防医療や婦人科の領域には投資されてこなかったのです。そうした領域がある以上、私たちのオンライン診察のノウハウを活用しない手はないと考えました。
ー2018年のリリースから3年足らずで累計39万ダウンロードを突破しています(2020年11月時点)。成功を予兆した瞬間はありますか?
リリースの1週間前にネット広告でテストマーケティングをしたのですが、感触が非常に良く「これはいける」と思いましたね。実際に最初の1年で6万人に利用いただくことができ、2019年の夏〜秋頃には「『スマルナ』すごい」というツイートが急増しました。
もともと当社はネットビジネスに弱かったのですが、WebマーケティングやSNSに強いメンバーがジョインし、正攻法で着実に成果を出してきたと思います。
ー日本のピル常用率が低い一因である価格について、『スマルナ』を通じて処方されるピルの価格を相場より下げていくといったお考えはありますか?
先進国の相場である月間5〜20ドルに近づけていく必要があると考えています。ただ、ピルはメーカー側で価格が決められている型番商品なので、販売価格を下げる方法は限られてきます。医療機関が収益源を分散化し、ピルの収益に依存しないようにする。あるいは、ピルを普及させるための相談室や診察室を集約して低コスト化し、普及率を高めて規模の利益を生む。自社で製薬するという選択肢を除けば、私たちにできるのは後者です。
ビジネスである以上、長期的な事業継続に必要な利益を得られなければなりません。そのためにもまずはマーケットのさらなる拡大が必須。価格を下げる以外に、多少高いけれど付加価値をつけるという方法もスタートアップならではかもしれません。いずれにしても今後3年ほどで実現していきたいと考えています。
資金調達のパートナー選びでは、お金が持つ「色」を大切にしている
ージャフコにはどんな「色」を感じたのでしょう。
ー調達した資金の使い道は?
医療業界のDXの第一歩として
ー『世界中の医療空間と体験をRe▷design(サイテイギ)する』というミッションはいつ頃に明文化されたものですか?
言語化したのは2018年です。創業メンバーで合宿をして出てきた表現でした。ひとりでも多くの人にとって医療が身近なものに、また信頼に値するものになるよう、ICTを通じて「人々」と「医療」の間に橋をかけたい。そんな思いを込めました。
本来、医師による正しい医療行為を受けていれば病気にはなりません。まずアプローチすべきは患者側の行動変容であり、その次に医療機関の改革です。ピルを必要とする人が気軽に薬を受け取れるように、腎不全の人が臓器移植という選択肢にたどり着けるように、これからの日本の医療は『Re▷design(サイテイギ)』が必要だと考えています。
ー2020年12月にはネクストイノベーションからネクイノへ社名変更し、企業ロゴやステートメントを一新されました。今後の展望をお聞かせください。
現在『スマルナ』がカバーできているのは避妊フェーズの女性ですが、性教育や更年期といった領域への拡大を視野に入れています。
会社としては、いよいよ日本の医療業界のDXに重きを置いていきます。最初に取り組もうと考えているのは「データリレーション」「IDリレーション」と呼ばれるもので、これが2020年末にリリースした『メディコネクト』。オンライン上でマイナンバーカードと健康保険証をリンクさせ、どの医療機関でもその人の医療情報を共用できるようにした個人認証システムです。
現在の健康保険証は、結婚や転職をすると変わってしまう不完全なID。『メディコネクト』でひとつのマスターキーを作ることで、医師側も自分も個人の医療情報を一本化して確認できるようになります。これは医療DXに向けた重要な第一歩です。
ー様々なお話を伺ってきましたが、石井様の起業家としての「志」とはずばり何でしょうか。
日本の医療業界は、お金儲けをしようと思ったらできてしまう世界です。健康でいるより病気になった方が、インセンティブがある仕組みなってしまっている。でも私は『世界中の医療空間と体験をRe▷design(サイテイギ)する』という使命に気づいてしまった。目指すべき未来に気づいたからには、ゴールへの最短距離を最後まで走り切る責任があります。それが私の起業家としての志です。
ー最後に、起業家を目指す方や若手起業家の皆様へ、メッセージをお願いします。
起業は「何をするか」ではなく「誰とするか」。事業はピボットできますが、一度船に乗せたクルーは途中では降ろせません。当社の経営メンバーとは設立前からの知り合いで、考え方やスタンスを互いによく理解していました。
志が近しい人を集めるには、自ら旗を掲げておくことが大事。仲間が集まったら、「私はこう思うけどどう思う?」とざっくばらんに言い合える関係かどうか、背中を預けられる関係かどうか、しっかり見極めて航海に臨んでほしいと思います。