ジャフコでは、起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催しています。第1回のテーマは「強い組織の作り方」。資金調達額100億円超かつ低離職率を誇る成長スタートアップ2社からゲストをお迎えして実施しました。
【登壇者プロフィール】(敬称略)
<ゲスト>
株式会社Synspective HR Manager 芝 雄正(しば・ゆうと)
京都大学大学院工学研究科都市社会工学専攻 修士課程修了。2014年より人材事業を手掛けるスタートアップに参画し、人材採用コンサルティング、メディア事業に従事。2015年WASSHA Inc.にて事業企画を経て、エンジニアに転向しタンザニアへ駐在。ソフトウェア開発および事業オペレーション改善をリード。2018年より衛星画像ソリューション開発のエンジニアとしてSynspective創業期にジョイン。現在は主に人材採用、組織開発を担当。
株式会社ティアフォー HRアドバイザー 髙橋 哲平(たかはし・てっぺい)
エンジニアとして株式会社サイバーエージェント、合同会社DMMでWeb系B2C業界を経験。前職では山積する技術負債解決のためにも人・組織負債の解消が先決と考え、エンジニアから人事ニア(人事領域に強いエンジニア)へ転身。ティアフォーでは豊富な経験をもとに人事のアドバイザーを務める。
<ファシリテーター>
ジャフコグループ株式会社 金沢 慎太郎(かなざわ・しんたろう)
株式会社ワークスアプリケーションズに入社。2017年にエッグフォワードに参画。執行役員に就任し、多数企業における組織課題・人材課題に取り組んできた。現在はジャフコにて、投資先のバリューアップを行うべく、スタートアップの組織・人材開発支援に従事。
強い組織とは、「変化力」「自立した個人」
金沢 企業成長を牽引する優秀な人材を採用し、自社に留め続けられるか否かは、スタートアップの成長を左右する重要なポイントです。髙橋さんがHRアドバイザーを務められているティアフォーは、2015年設立。自動運転ソフトウェアの開発を中心に国内外で自動運転技術の開発を牽引する企業で、グループ全体で約250名の従業員を抱えていらっしゃいます。そして芝さんは2018年設立以来、自社でSAR人工衛星を開発し、衛星観測データを活用したワンストップソリューション事業を展開するSynspectiveのHR Manager として、創業期から従業員90名弱の規模となった今日に至るまで、組織の変化を目の当たりにしてこられています。
1社累計100億円超の調達を果たし、優秀な人材を定着させたまま右肩上がりに成長しているスタートアップ2社では、「強い組織作り」についてどのような工夫がなされているのでしょうか。まず髙橋さんからその考え方や現場で実施されていることをお伺いできますか?
髙橋 「変化力」を持っている組織。弊社はまだ市場を立ち上げているフェーズのため、取り組まなくてはならないことの変化が激しく、大企業のようにサポート体制も充実していません。今までこだわってきたことを明日から変えると決まった時に、いかに短い期間で脳と体を切り替えて飛び込めるかが求められます。
その力を養うために、まずは「伝える」ことが大事。メンバーに何かを伝える時は、つい話を端折ってしまいがちですが、話の背景や経緯、その時の経営層の想いを必ず伝えます。その上で本人の意思をきちんと確認するようにすると、いざ変化が起こる際のサプライズ感を軽減できます。入社当初は私ひとりがその役目を担っていましたが、現在はマネジメント層が何人かいるので、彼らを巻き込んで行うようにしています。
金沢 なるほど、「変化力」というワードはとても共感できますね。芝さんはいかがでしょうか?
芝 最初に思い描いた計画通りにはいかないのがスタートアップ。技術も事業もトライ&エラーで進めるしかありません。そのために必要なのは、トップダウンではなく「自立した個人」が各々の専門領域で変化に対応し、情報共有や補填をし合いながら前進していく組織です。
そのことは採用段階から何度も伝えるようにしていますし、人事制度設計を変更した時はコンセプトからきちんと説明します。また、経営層とのコミュニケーション頻度を高め、事業戦略への理解を深める等、方向性を揃えることも重視しています。
金沢 お二人が共通して口にされたのが「伝える」というキーワードですね。組織が拡大すればするほど課題も増える「伝える」という行為について、失敗談もお伺いできますか?
髙橋 同じことを一人ひとりに何度も伝えるので、自分ではすでに話したつもりが、相手にとっては初耳という認識違いもたまに起こります。また、弊社のマジョリティ組織は技術本部のため、他部署から「私たちは大事にされていない」と思われるケースも。幸いなことに、思ったことを直接オープンに言ってくれる人が多いので、その時は素直に謝ります。
芝 先ほど髙橋さんが仰った「話を端折らない」はまさにそう。例えば人事制度設計の変更を伝える際にコンセプトを端折ってしまうと、認識の齟齬が生まれて、本来ほしいフィードバックがもらえないことも。メンバー側からしても、会社の思惑が見えないので組織への不安が大きくなり、個々の抱えるストレスが増えてしまう恐れがあります。
優秀な人を集め、留める、具体的なアプローチ
金沢 優秀な人材ほど競争率が激しく、無事に採用できたとしても他社からのヘッドハンティング等の問題は絶えません。低離職率をキープする2社の具体的な社員へのアプローチ方法を教えていただけますか?
髙橋 まず「集める」に関してですが、弊社には優秀で魅力的なエンジニアが多いので、採用面談に同席してもらい、技術力や人の魅力を候補者に伝えていくようにしています。ファシリテーションや会社説明は私やマネージャーが行い、エンジニアには「一緒に働きたいか」等を感覚値で採点してもらいます。
採用段階でエンジニアと会わせることで、弊社と相性の良い人が集まりやすく、皆でエンジニアリングの話をしている時なんかはすごく楽しそう。ラウンドテーブルや1on1等、個々人の困りごとを一緒に探って自覚してもらう機会は取り入れていますが、「留めよう」と考えて対応することは基本的にないですね。それでも創業以来数名しか辞めていません。
芝 弊社の場合、採用したいのはニッチな技術を持った人材なので、国内だけでなく全世界から人材を集めています。その際は、代表面談の機会を必ず設け、事業のユニークポイントや事業ビジョンを代表からお一人おひとりにお伝えさせていただいています。
また「留める」工夫については、弊社はこれから売上を拡大していくフェーズ。どこの部門が綻びても事業が立ち行かなくなるため、「事業を成功させることにコミットしてほしい」ということは日頃から発信しています。会社の方向性と個人の貢献度をきちんと振り返る評価システムや、半年に1回の全社合宿等で代表から直接ビジョンを伝える機会を設け、コミットメントを高めてもらうようにしています。
金沢 なるほど、採用段階から伝えるべきことを伝え、自社と親和性の高い人材を集める。それが両社ともに長期的な定着へと結びついているようですね。
コロナ禍での変化や、エンジニアの評価軸について
金沢 参加者からは、コロナ禍で生まれた新たな人事施策や、エンジニアの昇給昇格の判断軸に関する質問が寄せられましたがこれらについてもお聞かせください。
髙橋 弊社は立ち上げ期のため在宅勤務はもともと推奨していませんでしたが、緊急事態宣言中はオフィスをシャットダウンし、在宅にシフト。お子さんがいるメンバーには有給休暇とは別に特別有給休暇を付与し、何かあった時に休みやすい体制を整えました。まずは従業員の健康が第一。それがないと事業どころではありませんから。
エンジニアの昇給昇格や等級については、弊社ではまだ導入していません。自動運転市場は立ち上げのフェーズなので、昇給昇格制度のために部門目標をがっちり決めても、市場に合わせて変化する可能性が大きいからです。半期ごとの目標設定と評価のみ行い、あとは昇給昇格よりも個々人の成長やチーム感を優先して意識してもらいたいフェーズです。
芝 コロナ禍を受け、在宅勤務が可能なチームは在宅に移行しました。コミュニケーション頻度がどうしても低くなってしまうので、毎朝チェックインミーティングを行い、チーム内で自由に話す時間を設けています。
エンジニアの昇給昇格は、試しながら実行しているところ。半年ごとに事業貢献度とスキルを、バランスを見ながら判断しています。日々の細かい貢献度はマネージャーがレポーティングし、最終意思決定は部門のトップが行う流れです。
金沢 お二人ともありがとうございました。「強い組織とは?」という前提から、強い組織を作るための工夫、優秀な人材の採用・定着に向けたアプローチに至るまで、お二人にざっくばらんにお話しいただいた本セミナー。「変化する力」「自立した個人」といった印象的なキーワードをはじめ、採用段階からの工夫が人材を留めるカギであることや、ビジョンや想いを「伝える」ことの重要性を、成長スタートアップの実例を交えながら知ることができました。
今回は「強い組織」の作り方というテーマでした。今後も起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催していきますのでよろしくお願いいたします。