起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第4回は、AnyMind Group株式会社 代表取締役CEO 十河宏輔氏にお話を伺いました。
【プロフィール】
AnyMind Group株式会社 代表取締役CEO 十河 宏輔 (そごう・こうすけ)
1987年生まれ。香川県出身。2010年、株式会社マイクロアドに新卒入社。2011年4月に子会社株式会社マイクロアドプラス立ち上げに参画。2012年にマイクロアドのベトナム法人CEOに就任以後、シンガポール、フィリピン、タイ、マレーシアでも拠点立ち上げに従事。2015年に最年少でマイクロアド本社の取締役に就任。2016年4月 AdAsia Holdings Pte. Ltd.を創業。2018年1月にAnyMind Groupを設立。Forbes JAPAN誌「日本の起業家ランキング」TOP20に2020、2021年と2年連続で選出される等の複数の賞を受賞。
【What's AnyMind Group株式会社】
2016年4月に十河宏輔と小堤音彦の2人がAdAsia Holdingsを設立。2018年1月に同社を子会社化しAnyMind Groupを設立する。マーケティングテックからスタートしたAnyMind Groupは、近年ではインフルエンサー等の個人、メディア・ブランド運営企業向けに、商品企画・ものづくりからECサイトの構築・運用、マーケティングまで、あらゆるビジネスを支援するソフトウェアを開発・提供している。現在、世界13市場に17拠点を展開し、20国籍750名以上の従業員が勤務。これまでに、LINE株式会社、未来創生ファンド、VGI、JAFCO Asia、日本郵政キャピタル等から総額62.3百万米ドル(約68.6億円)の資金を調達している。
祖父に憧れて起業家を志し、インターネットビジネスの可能性に惹かれていった
―起業を考えはじめた時期、きっかけは何でしたか。
物心ついたころから起業家への憧れがありました。経営者家系に育ち、祖父が地元で建設会社を経営していたんです。子どもの頃、祖父の会社に遊びに行くと、"身近なじいちゃん"が従業員さんから「社長、社長」と呼ばれている。事業も着実に伸ばしていましたし、周りからリスペクトされている姿がカッコよかった。自分もこうなりたいと思っていました。
―大学卒業後はマイクロアド様に入社されています。すぐに起業ではなく就職を選択した理由とは?
インターネットビジネスをやるにあたり、広告事業を学ぶ必要があったからです。
僕が学生の頃は、堀江貴文さんやサイバーエージェントの藤田晋さん、楽天の三木谷浩史さん等、いわゆる第一世代のIT起業家が脚光を浴びていました。起業するならインターネット事業だと、世界中のIT起業を調べて株も始めました。
実務も学びたくて、「30min.」というアプリ開発のITベンチャーでインターンを経験。そのアプリは、アメリカの位置情報系アプリ「Foursquare」の日本版のようなもので、Foursquare自体に可能性を感じていた僕にとってとても興味深い会社でした。ぜひ働かせてほしいと代表(当時)の谷郷元昭さんに連絡し、メンターになっていただきました。
インターネットに関して、谷郷さんには知らないことがなく、何を聞いても、膨大な知識量から知りたいことをピンポイントで教えてくれる。知識に裏打ちされているからこそ、経営判断もものすごく早いんです。これだけのインプットがなければ起業家としての成功はないと感銘を受け、インターネットビジネスの一番の柱だった広告事業を学ぼうと思いました。マイクロアドには、入社時から「将来は起業する」と言っていましたね。
―マイクロアド様で、数々の海外法人立ち上げを経験したことが、創業に繋がっていくんですね。
もともと海外でやりたいという想いがあり、当初の計画では、入社2年以内に結果を出して起業しようと思っていたんです。実際に入社3カ月後にはトップ営業になり、2年目の4月には子会社の立ち上げにも参画。誰よりも実績を出していました。
すると、「海外拠点でCEOを任せるからやらないか」と、抜擢人事のオファーが舞い込んできました。
その約束通り、3年目にベトナム法人CEOに就任。以来シンガポール、フィリピン、タイ、マレーシアの海外法人でもCEOを任され、各国で海外法人・現地事業の立ち上げを経験しました。
―2016年にAdAsia Holdingsをシンガポールで起業したのは、アジアマーケットに可能性を感じたからですか。
そうですね。ほぼ全ての産業が伸びていて、人口もどんどん増えています。マーケティングテックはこれから拡大するタイミングでしたから、市場全体の成長と合わせれば、追い風しかなかった。インターネットビジネスをいかに伸ばすか、知識や情報は僕の中に蓄積されていたので、外国人でも立ち上げられるのではないかと考えました。
マイクロアドでも海外法人のCEOというポジションではいましたが、やっていることは営業拠点のトップに近かった。ビジネスモデルや根幹となるプロダクトは変えられず、エンジニアの採用権もありません。営業やマーケティングをすべて任されているのはとても面白かったのですが、「こういうプロダクトがあれば」「こういうビジネスモデルだったら」と感じることが増えていました。ビジネスモデルからプロダクトまで、自分がオーナーシップを持ってすべて作ってみたいという想いから、起業するしかないと決断しました。
M&A前後の密なコミュニケーションが着実な組織拡大を支えてきた
―創業時はマーケティングテックからスタートしましたが、近年はものづくり領域におけるD2C(Direct to Consumer)ブランドのインキュベーション事業、エンターテインメントテック、HRテックに事業領域を拡大されています。事業拡大を進めた経緯とは?
現在は、オンラインのブランドビジネスにおけるイネイブラー(支え手)として、生産から EC 構築、マーケティング、物流までを一気通貫でサポートできるソフトウェアを開発、提供しています。
もともと、オンラインでの物販・ブランドビジネスを一括でサポートできるプラットフォームをやりたいと思っていました。ただ、創業時からすべての領域でソフトウェア開発を進めるのは難しい。まずは一番の強みだったマーケティングで顧客基盤を築き、ブランドマーケティング、インフルエンサーマーケティング、オンラインメディアの収益化支援 と事業を広げてきました。
―創業から4年という短期間に、海外拠点を13か国17拠点まで増やし、従業員は750名に。M&Aによる事業の多角化も順調に進めています。組織がストレッチしていく中で大変だったこととは? それをどう乗り越えてきましたか。
組織の急成長に伴い、成長痛はものすごくありました。各国で拠点を立ち上げ、人の採用も急ピッチで進めてきたのでカルチャーフィットの問題も頻発しました。
採用は経営における重要ミッションだと捉え、今では入社前には必ずキャリアの擦り合わせを行います。一人ひとりのバックグラウンドや入社後にやりたいことをオープンに開示してもらい、僕らもKPIを正確に伝える。パフォーマンスが上がらなかった際はどういうポジション変更の可能性があるのかまで認識を合わせておくことが大事です。
―ゼロイチで事業を立ち上げて急速にドライブさせていきながら、人と組織のマネジメントも進めていく。その両立をどう図ってきたのでしょう。
当社は経営陣の役割分担が明確で、マネジメントチームがよく機能しています。だから、組織拡大も順調なのだと思います。
僕自身のマネジメントチームにおける最も重要なミッションは、ゼロイチで新規事業を立ち上げ、起動スイッチを入れることです。数字面の厳しいフィードバックはCFOが行い、海外拠点のカントリーマネージャーとのウェットなコミュニケーションは他のメンバーが担当している。経営陣のメンバーそれぞれのやるべきことがクリアで、持ちつ持たれつの関係性ができています。複数拠点かつ複数事業を立ち上げ続けていく上で、得意な領域をカバーし合う経営体制は非常に大事なポイントだと思っています。
―創業以来、M&Aによって事業拡大を進め、2020年3月にはインド・中東エリアの動画広告プラットフォーム「POKKT」を子会社化。アジアを超えたグローバル展開を進めています。円滑なM&Aの秘訣とは何だと思いますか。
組織マネジメントにおける最重要課題は、海外拠点のマネージャー採用と育成です。積極的にM&Aを進めているのは、優秀な社長を採用できるから、という理由もあります。
M&Aを通した採用は特に、コミュニケーションが非常に大事です。僕らはディール前から、経営者らと圧倒的に密な擦り合わせを重ねていて、一緒に食事をし、お互いの価値観を知り、僕らが事業で目指している世界観を伝え、彼らがやりたいことを聞きます。ディールが決まったときには、M&A後のプランを共有できている状態を作っています。
その後は、買収した会社の全社員との1on1を欠かしません。自分自身の言葉で、なんでこのディールを決めたのか。何を期待しているのか。連携することでどういうシナジーがあり、どう伸ばしていきたいのかをすべて伝えています。社員一人ひとりの歩みたいキャリアもヒアリングし、どこに接点を見出せるかをディスカッションしていくんです。その泥臭い対話の積み重ねこそ、カルチャーの異なる組織が一緒になる上で何よりも大事です。
―起業家としてやるべきことは、失敗経験から学んでいくのでしょうか。十河様が行動を決めるときの羅針盤となっているものは何ですか。
僕は、本からのインプットをとても大事にしています。
初めてM&Aをした際は、M&Aに関する本を読み漁りました。先人たちの失敗談も読み込み、こうすべきなんだということを忠実に実践したらうまくいった。以来、外資系企業のM&Aでも続けています。
スマホのKindleにはビジネス書が常時50冊以上あり、一番影響を受けたのは" Alibaba: The House That Jack Ma Built"(Duncan Clark著)。アリババがいかに巨大企業になったのか、ジャック・マー氏がどういう考えの持ち主なのかがすべて詰まっている本です。
シンガポールはアジア各国からのアクセス的なメリットがあるし、税制上もメリットもある。創業にあたっては税制系の本を片っ端から読み、リスクやメリットを短期間で頭に入れていきました。そして、アリババの本を読み、アリババの税制スキームを真似するのが一番合理的なのだとわかった。
本は常に、自分にとってその時点で足りない知識を補うためのものです。具体的なアウトプットを決めるためのインプットなので、本で学んだことは見様見真似で次々と実践します。世の中には起業の先駆者たちがたくさんいて彼らの失敗やトラブルの解決策を本にまとめてくれている。学んで真似た方が成功確率は上がります。課題感と目的を持ってその領域の知識を吸収しにいくので、一気に読めるんです。
信頼できる投資家の、全肯定のスタンスと的確な助言があって今がある
―2017年4月にJAFCO Asiaから約13.6億円の資金調達を受けていらっしゃいます。資金調達を考え始めたきっかけとは。
もともと資金調達をする気はありませんでした。投資の話は創業して1カ月のタイミングでいただいていたのですが、当時はプロダクトも形になっていなくて先が見えていなかった。今じゃない、という思いがありました。
ただ、ジャフコの渋澤さん(常務取締役)から何度もご連絡をいただき、「あなた自身に投資したいんだ」と背中を押してくれた。13.6億円という数字を迷いなく提示してくれる懐の深さには驚かされました。
それだけの資金があればグローバル展開を加速させ、M&Aも進められます。知名度が上がり顧客も広がるかもしれません。インターネットビジネスをやっている限りスピードはすごく重要で、特に東南アジアでは次々と競合が出てくる。先行者メリットは絶対にとるべきであり、選択肢を増やすためには大きく資金調達することが大事だと考えるようになりました。何よりも渋澤さんの「人間力」に惹かれて資金調達を受けた、というのが本当のところです。
―事業拡大において、渋澤氏からどのような影響を受けましたか。
渋澤さんは「十河さんを信じているので思いっきり挑戦してほしい」という全肯定のスタンスで、その男気や安心感に救われました。M&A等のファイナンス系のディールになると非常に的確なアドバイスをいただき、1社目のM&A(フォーエム)で買収金額に迷いが生じたときは「(金額を)上乗せしてでも絶対にディールを進めるべきだ」と断言してくれました。
結果としてその案件は大成功し、2社目、3社目、4社目のM&Aへと進められた。1社目で躓いていたら、未上場のタイミングでこれだけM&Aをすることはなかったでしょう。要所で、M&A先の経営者との面談に同席して意見してくださる等、ハンズオンで入ってくるタイミングも絶妙でした。
現在付き合いのある株主さんの多くは渋澤さんの紹介で、資金調達にもまったく苦労していません。ジャフコの渋澤さんが目を付けた会社だよね、とそれだけで"渋澤ディール"が成立する(笑)。アジアでのネットワークも広く、様々な企業を繋いでもらいました。尊敬できる投資家に、創業後半年の段階で出会えたことは本当に幸運なことでした。
―今後見据えている事業展開について教えてください。
D2C(Direct-to-Consumer) やブランドビジネスにおいて、プロダクトのサイクルはどんどん短くなり、商品自体が多様化しています。個人が自分のオリジナルブランドを作り、インフルエンサーになるという流れは、今後ますます加速していくでしょう。
AnyMind Groupは、ブランドを持ちたい個人の活動をサポートし、簡単に使えるプラットフォームを提供したい。生産から販売まで簡単に行える仕組みづくりを加速させたいんです。
アジアはものづくりの生産拠点としてのレベルが高い。アジアでビジネスをやってきた僕らは、エリアの強みを生かした生産ネットワークを構築でき、プラットフォーム経由で発注をかけられます。小ロット低価格かつ、クオリティの高いものづくりの仕組みを、企業だけではなく、個人に提供できます。ECの構築やマーケティングサポートはもともとやってきた領域なので、生産、EC、マーケティング、販売と横串で提供しながら、グローバルをリードしていきたいですね。
―最後に、起業家を目指す方や若手起業家の皆様へ、メッセージをお願いします。
妥協してはいけないのはパートナー選びだと思います。一緒に働く仲間もそうですし、投資家も人間的に信頼できるかという観点はぜひ大事にしてほしい。事業や業態がどう変化しようと、最終的には人と人との繋がりが自分を支える糧になると思っています。