起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第3回は、株式会社KINS 代表取締役 下川穣氏にお話を伺いました。
【プロフィール】
株式会社KINS代表取締役 下川 穣 (しもかわ・ゆたか)
2014年より指定難病を扱う都内医療法人にて、歯科医師として勤務。その後、理事長を務める。原因が明確に確定していない指定難病に対し、腸内・口腔内の細菌に着目したアプローチを展開。多くの患者を寛解に導く中で、人体と菌の結びつきと、それらがもたらす恩恵に着目し、食事と生活習慣を整えた途端に、健康に、美しくなる人々を目の当たりに。菌を整えることで、身体中の様々な機能も同時に整うという医療法人で得たその経験を世界中に伝えるべく「菌ケア」という概念と共にKINSを設立。菌を大切にすることが当たり前の世の中を創るべく、尽力している。
【What's 株式会社KINS】
菌を適切なバランスに保ち、もっと生きやすく。
私たちを取り巻く常在細菌はおよそ1,000兆匹と言われています。それらを上手にコントロールできれば、人間が本来持ち合わせている素晴らしい免疫力や抵抗力を取り戻すことができます。しかし、菌の状態は日々の食生活、生活習慣等によって大きく変化していきます。「KINS」は、コンシェルジュサービスによるOne to Oneコミュニケーションやサプリメントを通じて、菌を適切なバランスに保ち、"体が生きる"ライフスタイルを送っていただくためのトータルサービスです。2020年10月現在での取扱商品は、KINS BOX(定期・単品)を筆頭に、ESSENCE (定期・単品) 、BOOSTER (定期・単品) 、FACEMASKとなります。
Portfolio
予防医療を広める入り口として「美容」に着目
ー下川様はもともと歯科医師でいらっしゃいますね。そこから起業しようと想った経緯を教えてください。
30歳のとき、菌や遺伝子を専門とした医療法人の理事長に就任しました。そのクリニックにはアトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎等の慢性疾患に悩む患者さんが多く来院されており、不足している菌を補うサプリの処方を通じて根本治療を目指していました。
「皮膚科に20年間通ったけれど症状が改善しない」というような本当に困っている患者さんが、最後の望みをかけて私のところに来る。そして菌の力で驚くほど良くなっていく。そうした様子を何度も目にしました。一方で、クリニックの場合は一度に多くの患者さんを診ることが困難です。さらに私がいたクリニックは自費診療だったため、受診できる方が限られてしまうという現実もありました。
本当はもっといるであろう慢性疾患に悩む人を救いたい。そのためにも、慢性疾患にかかる人を根本から減らしたい。そんな想いが徐々に膨らんでいき、いつしか菌を通じた「予防医療」に取り組みたいと考えるようになったのです。
若くして責任ある立場を任せていただいたプレッシャーから、当時は私自身も下痢や突発性の難聴に悩まされていました。東京大学との共同研究やドクター勉強会で得た最先端の情報を自ら実践し、体調が回復していったという実体験も、菌による予防医療を広めたいと思うようになったきっかけのひとつです。
ー医師としてではなく、ビジネスの道を選んだのはなぜですか?
クリニックを拡大し、菌による予防医療を広めることにも意義はありますが、先ほども言ったように診療できる数には限りがあり、スピード感はやはり劣ります。サービス化できるならそれに越したことはないと考え、2018年に自己資金で起業しました。その後、幸運にもエンジェル投資家の方から1億円を投資いただけることになり、会社設立から1年弱後に「KINS」ブランドをリリースしました。
医療法人の理事長という職は非常に安定していたので、そこから飛び出すには覚悟が要りました。でも、妻に言われたんです。「安定を選ぶなんて下川穣らしくない」って。その一言も起業への背中を押してくれましたね。
ー予防医療を広めるサービスを作るにあたり、まず美容領域に着目した理由を教えてください。
私はセールスが得意ですが、そんな私でもクリニックでは予防医療を浸透させることが困難でした。忙しい日常の合間をぬって予防に時間やお金を費やすのはハードルが高く、病気になってからでなければ人はなかなか動かないのです。予防医療が当たり前の世の中になれば、今より確実に多くの人たちを救えるのに、正攻法ではそれが叶わない。そんなジレンマに悩みました。
そこで考えついたのが、すでにニーズがある領域と予防医療を繋げること。近年「インナーケア」という考え方が注目されているように、「美容」と「健康」は切っても切れない関係です。美容領域であれば世の中の関心が高く、日常に取り入れてもらいやすいため、予防医療を広める入り口として最適なのではないかと考えました。
例えば、肌荒れの気になる女性が私たちのサービスを手に取ったとします。それを日常的に使っているうちに、他の気になる症状まで改善されたり病気にかかりにくくなったり、体調が良くなっていったら...。自然と予防医療を実践していることになりますよね。そのシナリオを実現するにあたり、「菌を使ったケア」という手段はこの上なく最適でした。
あらゆる症状の根本的な改善が期待できる「菌ケア」
ー「KINS」は「菌ケア」のためのサービスということですが、そもそも「菌ケア」とは何でしょうか?
人間の体には約1,000兆匹もの常在細菌がいると言われています。「腸内フローラ」という言葉は聞いたことがあると思いますが、菌は腸だけでなく皮膚や頭皮や口腔等あらゆる場所に存在しているんです。それらをコントロールすることで人間本来の免疫力や抵抗力を取り戻す方法を、私たちは「菌ケア」と呼んでいます。
例えば菌ケアで腸内環境を改善すると、老化予防、アレルギー対策、美肌、快眠、高血圧や糖尿病の予防...と様々なメリットが期待できます。
ーそんなに好影響があるのですね! にもかかわらず、菌ケアの素晴らしさが世の中にまだ浸透していないのはなぜなのでしょうか。
菌が人体にもたらす影響についての論文が増えてきたのは5年ほど前からで、今では世界中で研究されるようになりました。一方で、菌ケアを促すサービスや商品がまだあまり出てきていない理由は、菌による影響のメカニズムは宇宙のように複雑だからです。
従来の治療は「血糖値が上がったら下げる薬を飲む」「痛みが治まらなければ痛み止めを飲む」といった対処療法の考え方が主流でした。しかし、それでは根本的な解決にはなりません。菌は症状の原因を根本から正す力を持っていますが、その分「この菌を取り入れればこの症状に効く」というシンプルなものではなく、影響には個人差もあるのです。
わかりやすい菌をひとつ抽出してプロモーションする方がビジネス的にはうまくいきます。でも、菌の価値を最大限に享受するには、菌をもっと総合的に捉えなければならない。宇宙のように複雑な菌からあえて逃げないという私たちの挑戦は、「無謀」から始まっているとも言えるかもしれません。
ー「KINS」の具体的なサービス内容を教えてください。
現在は美容領域に特化していて、メインサービスは「KINS BOX」という定期購入コースです。肌にいる菌の状況を調べられる検査キット、カスタマイズ可能なサプリメント、LINEで悩み相談ができるコンシェルジュサービスがセットになった、菌ケアを通じて肌荒れや便通等の様々な不調を改善できるサービスです。
その他、料理や飲料にふりかけて使う「KINS ESSENCE」や、美肌菌を育てるための新商品「KINS BOOSTER」等を定期購入と単品購入で展開しています。
ーいわば「菌ケアのサブスク」ですね。そのような販売方法を取り入れたのはなぜですか?
商品だけ売って終わりでは、お客様の体は変わりません。サプリメントを飲んでいただくことに加え、菌の効果を最大限に高めるための食生活の指導をする等、お客様との関係を途切れさせず長期的に伴走していくことが、菌ケアにおいてはとても重要です。そのため定期購入という形はサービス設計時からマストで考えていました。
菌の世界はものすごく複雑。でも最初から菌への理解を促す必要はなく、まずは「デザインがオシャレ」「お医者さんが立ち上げたブランドなら信頼できる」というところから興味を持っていただければ良いと思っていました。最初は肌荒れを治したくて「KINS」を使い始め、気づいたら生理痛が軽くなっていたり、風邪を引きにくくなっていたり、心が安定していたりする。そしていずれ「KINS」で菌ケアすることが当たり前の毎日になれば、おのずと予防医療への意識も高まるでしょう。
ー「KINS」のブランドサイトを初めて拝見したとき、スタイリッシュなコスメブランドと勘違いしました。ブランディングにはそうした戦略があったのですね。
起業後、Takram代表の田川欣哉さんと知り合う機会があり、ブランディングはTakramにお願いしました。当時はD2Cという言葉も知りませんでしたが、田川さんから海外のD2Cブランドの成功例を教わり、これをヘルスケア領域で展開できたら良いなと。真剣かつマニアックにヘルスケアと向き合い、それでいてビジネス的にイケてる会社。私は「爽やかな菌の変態」と称しているのですが(笑)、そうした会社は例がなかったので、そのポジションを目指すことにしました。
ブランドの世界観を創る上で、一番のターゲットにしたのは妻。自分か、もしくは自分に近い人に使ってもらいたいプロダクトを目指さなければ、インサイトがずれると考えたからです。
妻やその友人たちにモニターとして協力してもらいながら、地道に開発を進めました。ダメ出しもされましたよ。あるオシャレなコスメブランドのボトルデザインを真似してみたら、「これ○○じゃん!」と突っ込まれたりね(笑)。
業界のトップにならなければ実現できない志
ー2019年10月のリリースから約1年。今では多くのインフルエンサーが「KINS」を愛用し、ユーザー数も急拡大していますが、リリース当初から好調だったのでしょうか。
いえ、最初はマーケティングに苦戦していて、ユーザーも30人ほどでした。医療法人時代にアフィリエイト集客を究めた経験はありましたが、アド戦略で中途半端なジャブをたくさん打ったところで、お客様と伴走して長期的な関係を築いていくというブランドの世界観からは離れてしまう。右ストレートでエンゲージメントを高めることが重要だと気づくまでは、何もかもうまくいきませんでした。
でも、インスタライブやオフラインのセミナー等でお客様一人ひとりに真剣に向き合いコミュニケーションの密度を高くするようになってからが転機でしたね。たまたま、セミナーにご参加いただいた人の中に有名な美容家の方がいらっしゃって「KINS」のファンになってくれました。そこから「まだ誰も知らないけれど、イケてる人が使っているブランド」として認知され始め、ファンがファンを呼んでくれるようなイベントに育っていきました。また、ファンになってくれた美容家や芸能人のインフルエンサーの方々が自然にInstagramで宣伝してくれるようになったのです。そのうち、たまたまセミナーに来てくださった方が数百万人フォロワーを抱えている等、ラッキーな風が吹く瞬間もあり、現在は1か月で2,000人の新規ユーザーにお申し込みいただくまでになりました。
ー解約率も圧倒的に低いと聞いています。
一般的なサプリメントの1年後の顧客残存率は5%程度と言われていますが、「KINS」は1年後でも約半数のお客様が継続的に利用してくれています。なぜなら、ユーザーが効果をきちんと実感できるように、体感も含めてUXを設計しているから。マーケティングオートメーションを活用し、コンシェルジュを通じたアンケート調査で毎月NPSを計測しています。そして現在のサプリと相性が合わなければ、別の処方でカスタマイズしたものをお届けする仕組みにしているのです。
また、これは弊社ならではの特徴ですが、体感がそこまでなくても「KINS」のファンという層もいます。一人ひとりに地道に向き合ってきたからこそ、「『KINS』のメンバーの一員でいたい」「『KINS』が成長していくのを応援したい」と思ってくださる方が多いのだと思います。
ーそんな中、今年10月にジャフコから出資を受けました。ベンチャーキャピタルからの資金調達を検討した経緯を教えていただけますか?
UXを高めればユーザーが増え、ユーザーが増えればデータベースが充実し、データベースが充実してより緻密なサービスを提供できるようになれば、UXはさらに高まる。そのサイクルを回すことが今後の事業拡大には重要です。
その一環で10月に菌ケアができるブースター「KINS BOOSTER」を発売し、今後も3か月に1回のペースで新商品をリリースしていく予定です。また、システム内製化等の計画もあり、資金調達に踏み切りました。
私の志は、「慢性疾患を予防することが当たり前の世の中にすること」。それは一時的な資金調達で達成できるものでは到底なく、上場して、業界のトップにならなければ実現できません。菌ケアはビジョンを達成するための現時点での手段であり、3年後には何が最適な手段になっているかわからない。トップになれば最先端の情報をいち早く得ることも可能になるでしょう。その未来も見据えての決断です。
ー数あるベンチャーキャピタルの中でジャフコに決めた理由は?
私の経営方針を尊重してくれるベンチャーキャピタルが理想だったんです。ジャフコの担当の長岡さんは、私のやり方に共感した上で、そこを最大限に伸ばせる事業計画をゼロから一緒に考えてくれました。結果、必要な資金は当初私が想定していた額の3倍ということもわかり、的確なアドバイスに感謝しています。現在も6割方はうちの社員のような感覚で動いてくださっています。
下川氏とジャフコ担当キャピタリストの長岡達弥(左)
ージャフコというパートナーを得て、まず目指すべき直近の目標は何ですか。
先ほどお話ししたUX向上のサイクルを回し、可視化して、2021年末までに月商1億円達成を目指します。そして上場ですね。
ーありがとうございます。では最後に、起業家を目指す方や若手起業家の方へメッセージをお願いします。
0から1を生み出すまでの泥臭さから逃げないことが、成功のポイントだと思います。私の場合、爽やかさと泥臭さを両立させたかったので、地道なマーケティングや営業活動をいかに爽やかにするかにこだわっていましたが(笑)。お客様一人ひとりの顔を見て、心の声に耳を傾けて、全員にファンになっていただく気概で泥臭く取り組んでほしいと思います。