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すべては生産者のために 「食べチョク」で農業の未来を変える女性起業家の挑戦
すべては生産者のために 「食べチョク」で農業の未来を変える女性起業家の挑戦

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第2回は、株式会社ビビッドガーデン 代表取締役社長 秋元里奈氏にお話を伺いました。

【プロフィール】
株式会社ビビッドガーデン 代表取締役社長 秋元 里奈 (あきもと・りな)
1991年、神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学理工学部を卒業後、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。webサービスのディレクター、営業チームリーダー、新規事業の立ち上げ、スマホアプリのマーケティング責任者(宣伝プロデューサー)を経験。2016年11月に独立。日本の農業の抱える様々な課題を、IT技術を用いて解決していくことをミッションに掲げ、ビビッドガーデンを創業。2017年8月、生産者と消費者をダイレクトに結ぶオンラインマルシェ「食べチョク」を正式リリース。

【What's 株式会社ビビッドガーデン】
「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」をビジョンに、2016年11月創業。品質にこだわる農家・漁師から旬の食材を直接お取り寄せできる産直通販サイト「食べチョク」や、飲食店向け仕入れサービス「食べチョクPro」等を運営。コロナの影響もあり、2020年3月から6カ月間で、登録生産者数3倍、ユーザー数17倍、月間流通額は38倍と急成長を遂げている。社員十数人のスタートアップながら、7月から初めてのテレビCMを放映。同月にジャフコより5億円、既存投資家分も合わせて合計6億円の資金調達を受ける。

Portfolio


農業の課題を解決したい。起業はその手段だった

―ご自身の家業である農業に対し、課題意識を持つきっかけは何だったのか。起業を考えた経緯を含め教えてください。

農業に目を向け始めたのは、社会人3年目になってからです。それまで、起業という選択肢は考えたこともありませんでした。

もともと学生時代は、「終身雇用を守ってくれる大きくて潰れない会社」が良い会社だと思っていました。農業を営む苦労があったのか、母が常々「福利厚生が充実した公務員か銀行員になりなさい」と言っていたからです。就活では金融系ばかり受けていましたが、友人の誘いでDeNAの企業説明会に行ったことから、人生の方向が変わることに。新卒1年目の社員が事業説明をしている姿に衝撃を受け、自分もここで、新しい事業を創る面白さを味わいたいと入社を決めました。

記事内画像①.jpg ただ、DeNAでも「いつか起業するぞ」と考えていたわけではありません。
大きなきっかけは、3年目で出会った、様々な企業のメンバーが集まるコミュニティでした。「週末に好きなことをして、やりたいことを見つけよう」という若手向けの活動で、やりたいことが見つからずに悶々としていた私はすぐに飛び込みました。そこでディスカッションをしている中で、「実家が農家」であることをみんながすごく珍しがってくれた。農業で何かできるかもしれない、と改めて農業に興味を持ちました。


―そこから、農業の課題をどう見出していったのでしょう。

そのコミュニティで「農地でイベントをやろう」とアイデアが立ち上がり、下見として久しぶりに実家を訪れました。そこで目にしたのは、子どもの頃の記憶とは程遠い、荒れ果てた農地。人を呼べるような環境ではありませんでした。すでに廃業はしていたものの、「どうして農業を辞めたのだろう」と疑問が浮かんできた。他の農家さんにも話を聞いてみようと思い立ちました。

何件か回ると、どの農家さんも同じことを口にすることに気づきました。「こだわって作っても高く売れない」「農地はどんどん余っていくけれど、人が足りないから事業として拡げられない」と。

記事内画像②.jpg 私は当時、DeNAで不動産や小売業等、DXが遅々として進まないレガシー産業の業界刷新を、事業として手掛けていました。農業にも同じ課題を感じ、DeNAで学んだことを活かせば、新しい価値を生み出せるのではないかと考えるようになりました。


―3年目でついに「やりたいこと」を見つけ、起業を決めたということですね。

起業家には、大きく2パターンいると思います。「起業を目指し、成功するための事業を考える人」と、「やりたいことがあって、それを実現する手段が起業だったという人」。私は完全に後者です。

当初は、DeNAで新規事業としてやるか、農業系企業に転職するかの2択を考えていました。でも、社内事業としてやるには、会社が求める事業規模や成長スピードに農業の業界特性はマッチしません。一方、農業系企業では、未経験からすぐにやりたいことにチャレンジできる社風の会社になかなか出会えなかった。

社内でもできないし他社に行ってもやれるまでに時間がかかりそう。農業の課題を早く何とかしたいという想いだけはある。どうすべきか悩んでいたときに、友人起業家から「自分で起業したら良い」と言われ、すとんと自分の中に落ちてきました。相談した1時間後には、起業への心は決まっていました。


―起業を決めた時点で、「食べチョク」に繋がる具体的な事業構想は描いていましたか。

いいえ、まったく。詳細は何も決めずに起業を決意しました。賢い起業家は、会社で働きながら空いた時間でプランニングをすると思うので、私のやり方はおすすめしません(笑)。

でも私は性格上、一つのことしかできなくて、目の前のやるべきことに集中してしまいます。DeNAで任される仕事があれば全力投球してしまい、本来やりたいと想っている農業事業がおざなりになる。事業を前に進めるには、退路を断って時間を確保するしかないと、2016年10月に会社を辞めました。

11月に起業したときは、空き農地の活用に固執していました。土地はあるけど農業はやっていない「土地持ち非農家」さんの耕作放棄地を活かすために、農地のシェアリング、マッチングを考えていた。ビビッドガーデンという社名にも「鮮やかな農地を取り戻す」という想いを込めました。でも独立してすぐに、事業として成立しないと判断し、ビジネスプランは白紙になりました。

記事内画像③ .jpg では、そもそもなぜ農地が余っているのか。農家さんを回り、課題を深堀りしていくと、「良いものを作っても売れない」「価値を認めてもらえない」等、農業がモチベーションを保ちづらい職業だということが分かってきた。生産者と消費者を直接つなぐ「食べチョク」の構想はここから生まれました。

先輩起業家の失敗談に共通のパターンを見出した

―翌2017年8月に「食べチョク」を正式リリースし、社員第一号を採用する等、事業が本格的に動き出します。約10カ月間、一人でやり続けられたモチベーションの源泉は何でしたか。

期待してくれている農家さんの存在と、自分が止まれば農業を救えないという危機感です。先輩起業家にアドバイスをいただける機会があったのも心強かったですね。起業を決めた頃は、ベンチャーファイナンスの知識はゼロで、株の意味も分かっていませんでした。株式での資金調達と融資の違い、エンジェル投資とVCそれぞれのメリット・デメリット等は、すべて先輩方に教えていただきました。

必ず聞いたのは、「失敗談」です。同じ轍を踏むにしても、知っていて踏んでしまうのと知らずに踏むのとでは、その後の対処法に大きな違いがあります。成功談には再現性がなくても、失敗談には共通のパターンがあると考え、事例をできるだけ集めていきました。多くの方が挙げた失敗は「採用」に関するものでした。「社員一人目は絶対に妥協してはいけない」と口を揃え、「得意領域が同じ人を採用して衝突した」「一緒に働いたことのない友人を採用したが、ビジネスパートナーとしては合わなかった」等の声をいただきました。

そこでビビッドガーデンの採用でも、最初の社員には、自分にはないスキルと強みを持った人材にこだわりました。本採用の前に業務委託で一緒に働き、ベンチャーマインドの有無や、想いに共感できるか、といった点もよく話し合いました。

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農業の現状を目の当たりにし「時間がない」と危機感を持った

―「食べチョク」のリリース後には、エンジェル投資を受けています。VCを入れなかったのはなぜだったのでしょう。

農業の特性上、数年後のイグジットというスピード感での事業成長には、まだ確証が持てなかったからです。長期目線で応援してくれるエンジェル投資が、この事業には合っていると思ったんです。

事業として手ごたえを感じるようになったのは、野菜ボックスのおまかせ定期便「食べチョクコンシェルジュ」をリリースした2018年2月あたりです。継続率が高く、短期的な成長が読めたことで、2019年10月のVCを入れた資金調達へ動き出しました。


―創業時は銀行融資からスタートし、そのまま融資でやっていく選択肢もあったのでないかと思います。エンジェル投資を経て、なぜ VC からの調達を考えたのでしょうか。

ゆっくり事業拡大をしている間に、農家さんがどんどん辞めてしまう、という現実に気づいたからです。農家さんの高齢化に加え、毎年のように自然災害が猛威を振るい「もう続けられない」と辞めていく農家さんが増えていく。後継者が育たずに廃業するケースを目の当たりにし、私たちには時間がないという危機感が沸き上がってきました。

VCが求める急激な事業成長に応えるくらいのスピード感がなければ、私たちが今この事業をしている意味がありません。短期的に伸ばせる確信を持ったことは前提にありますが、数年後を見据えた事業拡大を、VCという「応援団」と一緒に目指していく環境が大事だと思ったんです。その答えにたどり着いたとき、ずっとモヤモヤしていた想いがすっと晴れていきました。

ただ、シリーズAの資金調達は、約9カ月間、70社から断られ続けました。初期の投資段階では、プロダクトをリリースしたばかりで数字での客観的判断が難しいこともあり、起業家自身の事業への想いが重視されがちです。でも次のタイミングは、想いだけで判断されることはない。実成果や現実的な事業計画が必要とされる、すごく難しい段階だったんです。

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今振り返って思うのは、70社に断られたから今がある、ということ。断った理由を聞くと、「農業の領域は厳しい」等、漠然とした答えが返ってきます。でも、農業のビジネスであることは、最初から分かっているはずです。本当の理由を聞かせてくださいと食い下がり、いただいた指摘をすべて事業計画書に反映させていきました。

ご指摘の7割は、私が説明したことと先方の理解が食い違っていることに原因があり、プレゼンテーション力不足を痛感しました。残りの3割が、本質的な事業の課題を突いたもので、それに対してどう対応していくのかを考えていきました。

創業時から揺るがない「生産者ファースト」の想い

―2020年7月には、ジャフコから5億円の資金調達を受けています。ジャフコとの出会い、受け入れを決めた経緯は何でしたか。

ジャフコさんとは様々なタイミングで事業のディスカッションをさせていただいており、実績も豊富なVCなのでいつか資金調達を受けたいと思っていました。担当キャピタリストの小沼さんにお会いした2020年4月には、コロナ禍で農家さんからのSOSがどんどん大きくなっていました。今、事業にアクセルを踏まなければいけないと、4月末には資金調達を受けたいと連絡。そこから7月に投資実行とスピーディーにご対応いただき、感謝しています。小沼さん自身が元々「食べチョク」のユーザーで、事業理解が深かったのも安心でした。

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秋元氏とジャフコ担当キャピタリストの小沼晴義(左)

―4月は、コロナ禍での消費者行動の変化や、テレビCMを打ったタイミングも重なり、「食べチョク」の認知度は一気に広がりました。

コロナ禍は、たった1~2か月で世界を一変させました。
それまで、投資家からは「生産者と消費者が直接繋がる世界なんて誰も選ばない」、生産者さん側からは「直販なんて面倒くさいからやらない」という声をいただいていました。でも、その生産者さんからどんどん登録申請が入ってきた。人の考えがこんなにも短期間で変わるなんて驚きでした。

ここで私たちが急速に成長しなければ、受け皿として機能しなくなってしまいます。テレビCMが、消費者目線を重視した内容になっているのは、買い手側をたくさん集めるプロモーション設計が必要だったからです。


―勝負をかけようと決めた今、取り組みたい課題や実現したい世界観とは何ですか。

コロナの影響で、2020年2月から8月の約半年間で流通額は約38.5倍に急伸しましたが、高齢の農家さんをはじめ、マスの層は取り込めていません。「食べチョク」を利用する生産者さんは40代、50代が中心ですが、農家全体の平均年齢は67歳。ECサイトをオープンするだけでは、アクセスできない方がほとんどです。私たちが本来的に貢献しなければいけない人たちに、いかにサービスを届けるかが、これからのチャレンジになると思っています。

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もともと創業時から、本当にサポートすべきは高齢者層だと思っていましたが、まずは農家さんの中のアーリーアダプター層にサービス認知を広げることが現実的でした。その点では、ようやくスタート地点に立てた、という感覚があります。

これからは、ITリテラシーの低い生産者さんも使いやすいサービス開発が必至です。エンジニア採用を強化し、物流業者さんとの事業連携を進めながら、リアルオペレーションを回しやすいサービス改善に力を入れていきたいと考えています。


―秋元さんが起業家として、ブレずに持ち続けてきた信念や考え、大事にしている「志」とは何ですか。

「生産者ファースト」です。
ビビッドガーデンは、私が起業したくて創ったのではなく、農業を変えたい、生産者にとってポジティブな変化を起こしたい、という想いから生まれた会社です。その手段として起業だったので、「生産者ファースト」がなくなってしまったら、事業をやっている意味がなくなってしまう。「生産者にとって何のメリットがあるのか」という視点は、常に社内で議論しています。

記事内画像⑧ .jpg ―最後に、起業家を目指す方や若手起業家の皆様へ、メッセージをお願いします。

散々お話させていただき恐縮なのですが、私の話を含めて、先輩起業家の話は、すべてを鵜吞みにしない方が良いです(笑)。事業領域やタイミングによって、取り組むべきことは全然変わってくる。例えば、銀行融資かVC受け入れか、答え自体に意味があるのではなく、「なぜそう思うのか」にヒントがある。AではなくBと言われたからそうしよう、と表面的に受け取らず、「この人はどんな失敗経験を経てそう思っているのか」「自分の事業特性に照らし合わせたらどうなのか」と要素分解し、本質を見ていってほしいです。