2020年、新型コロナウイルスの影響で、経済、働き方等、社会のあり方が大きく変わろうとしています。激動のスタートを切った2020年代、スタートアップの起業家はこの時代の中で成長すべく、どのような「志」で企業活動を行っていくべきなのか。そして、起業家をサポートする「ベンチャーキャピタル」は、起業家のベストパートナーとなるためにどうあるべきなのか。時代を駆け抜けてきたトップリーダーのお二人に、2020年代の更なる飛躍に向けた、起業家とベンチャーキャピタルの展望について、語っていただきました。
【プロフィール】
株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻 庸介 (つじ・ようすけ)
2001年、京都大学農学部を卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年に株式会社マネーフォワードを設立。新経済連盟の幹事、経済産業省FinTech検討会合の委員を歴任。
【What's 株式会社マネーフォワード】
「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションにもとづき、個人や法人、すべての人のお金の課題を解決するサービスを提供する株式会社マネーフォワード。提供するサービスには、利用中の銀行・クレジットカード・証券会社・FX・年金・ポイントの口座を自動でまとめ、家計簿を自動作成する「マネーフォワード ME」、バックオフィスに関する様々なデータを連携し、経理や人事労務における面倒な作業を効率化する事業者向けSaaS型サービスプラットフォーム「マネーフォワード クラウド」等がある。
Portfolio
【プロフィール】
ビジョナル株式会社 代表取締役社長 南 壮一郎 (みなみ・そういちろう)
1999年、米・タフツ大学卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。2004年、楽天イーグルスの創業メンバーとしてプロ野球の新球団設立に携わった後、2009年、株式会社ビズリーチを創業。2020年2月、グループ経営体制に移行し、ビジョナル株式会社代表取締役社長に就任。2014年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズ2014」の一人に選出。
【What's ビジョナル株式会社】
2020年2月にグループ経営体制移行に伴い設立。創業事業である即戦力人材と企業を直接繋ぐ転職サイト「ビズリーチ」や人材活用クラウド「HRMOS(ハーモス)」等のHR TechプラットフォームやSaaS事業をはじめ、事業承継M&A、トラック物流、SaaSマーケティング、サイバーセキュリティ領域等において、産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する事業を統括するホールディングカンパニー。未来に生まれる様々な課題を、次々と新しい可能性(ビジョン)に変えていこうという想いから、グループ名をVisionalと命名。
事業を通じて、社会と働く人々を変えていく
辻 「志」については、2020年に入ってちょうど反省していたところでした。ある先輩投資家と、「この数年で、ユニコーン企業がたくさん生まれましたね」と話していたら、「ユニコーンなんてどうでもいい」と言われてしまった。日本経済を牽引してきたのは、ソニーなりトヨタなり、産業を創ってきた企業たち。「起業家たるもの、産業を創ろうという『志』と視座を持つべきだ」と言われ、僕もまだまだだなと改めて気が引き締まりました。
南 辻さんは「金融の未来を創る」と、2012年の創業時から一貫した想いを持っているように感じられますが、「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションも、マネーフォワードという社名にも、志が詰まっていますね。
辻 恵比寿で創業したときは、フェイスブックの金融版サービスを作ろうと思って「EBISU BOOK」という社名を考えていました。恵比寿様ってお金の神様だなと。
南 その社名にならなくて本当に良かったですよね(笑)。
辻 コピーライターさんと、どういう世界を創りたいかと議論を重ね、「私たちの作るサービスによって、個人や会社がお金から自由になり、自分らしく生きられるようになる」という想いを語っていた。そこから、マネーフォワードという社名をつけてくださり、「新しい金融を創ろう」となったんです。マネーフォワードが「金融の未来」を目指してきたのなら、ビズリーチは「働き方の未来」を創ろうという想いでしょうか。
南 創業前は、「ITを使って世の中の課題を解決する新しい仕組みを創りたい」という想いがもともとベースにありました。働き方の領域に着目したのは、自分の転職活動経験や、子供の頃から育った海外の働き方との違いに「日本の働き方に対する課題」を感じたから。これから絶対に変わるはずだという個人としての確信が、「日本の働き方の未来を支えていきたい」という想いに繋がりました。
辻 起業家として「志」を持った原体験は、どこにあるんですか。
南 それは間違いなく、楽天イーグルスの創業メンバーとしての原体験です。三木谷浩史さんのもと、最初は、10人ほどのメンバーで新球団をゼロから立ち上げたわけですが、様々な方々と共に一致団結してやっていくことで、地域に根差した事業になっていきました。2004年11月、初めて仙台の球場(当時は県営球場)に行ったときは、たまたま雨だったこともあって僕の目には街全体が灰色に映ったのですが、その後、地域の皆さんと一緒に、街中がどんどんチームカラーの赤色に染まっていくのを感じました。
また試合後には、街中の居酒屋で我々が創ってきた事業について、みんなが熱く語り、そしてテレビや新聞でも大きく取り上げられていきました。「事業を通じて、本当に世の中を変えることができるんだ」と信じられたことは、本当に最高の経験でした。それは、今の僕の事業創りへの想いの土台となっています。
自分も、事業創りの現場でビジネスパーソンとして育ててもらったからこそ、Visionalで働く仲間たちにも同じように味わってほしい。「事業創りを通じて世の中にインパクトを与えられるんだ」と自信を持って行動してもらえるようになったら良いなという想いで、日々経営をしています。
辻 私たちがいる金融業界は、変わらない、変えられないことがたくさんあると言われてきた領域です。でも人材領域にもまた、これまでマーケットを作ってきた圧倒的な先駆者たちがいます。そこにチャレンジして既存の枠組みを変え、「ダイレクトリクルーティング」を国内に浸透させたのはすごいこと。「志」がなければ、怖くてできないですよ。
南 ありがとうございます。しかし、まだまだダイレクトリクルーティングが「浸透した」なんて言えません。また、創業当時は、今振り返れば、「ヒトと仕事のマッチングを効率化したい」「企業と個人が自由にコミュニケーションできる世の中にしたい」と、業界の未来をどう変えたいのかということしか考えていなかった。転職という、10年前には一般的ではなかったことが、時代の変化と共に少しずつ世の中に受け入れられ、人材や雇用の流動性が高まっていったタイミングで、時代に合ったムーブメントを起こすチャンスが生まれました。そして何よりも、最高の仲間たちが集まって来てくれたからこそ、このチャンスを掴むことができました。
起業家として、変わり続けるために学び続けたい
南 辻さんは、36歳で起業されていますよね。周りの起業家を見ても、30代後半での起業は比較的遅いですよね。起業すべきタイミングについてはどう考えられていますか。
辻 起業する"最適な年齢"なんてないと思っていて、あるとしたら「これをやりたい!もう我慢できない!」と思ったときでしょう。僕の場合は、マネックス証券時代に、お金に関する知識がなく損をする人をたくさん見てきた。個人がインターネットによってお金の知識をもっとつけられたら、少しでも助けられるんじゃないかという想いが、起業に繋がっています。起業は本当に難しいチャレンジで、自分のスキルや経験、今まで培ってきたネットワークや仲間、資金や運、タイミング等、あらゆる要素がすべて揃わないと成功できない世界。30代後半は、経験や知識が蓄積されてきた、悪くないタイミングだと思います。失敗したときに、40代で再就職できるかという問題はあるでしょうけれど。
南 そこはビズリーチに登録いただければ解決しますから(笑)。もっと30代後半や40代で起業する人が増えれば良いですよね。社会構造の変化、そして技術の進化によって、益々未来がわからなくなっている。だからこそ、これからの起業家に必要なのは、「変わり続けるために、学び続ける」ことではないでしょうか。「変わり続ける」勇気。そして、素直な気持ちで地道に「学び続けること」だと思います。辻さんをはじめ、成功されている多くの起業家の共通の特長として、本当に皆さんよく勉強されている。「変わり続けるために、学び続ける」というのは、常に自分にも言い聞かせていることです。
辻 変わり続けるという点では、ビズリーチが創業から11年でこれだけ大きなビジネスに育ったのに、2020年にグループ経営体制に移行しVisionalを立ち上げ、様々な事業領域で新規事業を立ち上げたり、M&Aを通じた成長にも挑んだり、その原動力って何ですか。
南 我々のミッションは「新しい可能性を、次々と。」というもので、インターネットの力で、時代がもたらす様々な課題を、次々と新しい可能性に変え、世の中の革新を支えていくことを目指しています。だからこそ、変わり続けなくてはいけないんです。「100年続く会社」を創るより、「100回変わる会社」をみんなと一緒に創りたい。そんな想いを通じて、新しい仕組みやムーブメントを生み出していきたいです。
また、創業10年目に、「10年後どういう会社になっていたいですか」と聞かれたことがあったのですが、「今は想像もできないような会社を創りたい」というのが自分の答えでした。「えっ。10年前はHR Tech事業が中心だったんですか」と驚かれるくらい、これからも好奇心をベースに、あれもこれも、社会にインパクトを与えられることを色々とやっていきたいです。
辻 良いですね。「選択と集中せよ」と周りに反対されそうなところを突破していく好奇心。創業時から支えてくれたジャフコさんとしては、悩ましいかもしれないですけれど(笑)。
伴走者でありパートナー。「信じる」という言葉に支えられてきた
南 辻さんがジャフコさんから出資を受けたのは、いつ頃だったんですか。
辻 創業して1年弱の2013年11月。メンバーは15人くらいでした。ジャフコさんが当時のオフィスだったマンションに来てくださって、創業メンバー全員に会っていただきました。「サービスが時代を捉えていてとても良いですね。そしてチームが素晴らしい。すぐにでも投資検討させていただきたいです」と仰っていただきました。その後、すごいスピードで初回投資5億円を決めてくださったんです。
南 素晴らしいですね。ちなみに、僕たちも同じような体験をしました。ビズリーチは2009年4月のサービス開始から10カ月後に2億円の投資をしていただきました。リーマンショック後に、我々のような数名のスタートアップに1億円以上投資することは、当時、珍しかった時代で、恥ずかしながらジャフコさん以外、すべてのベンチャーキャピタルには投資を断られました。当時、我々のオフィスだったマンションでの「我々は南さんたちのチームに投資したいのです」というジャフコさんの言葉は一生忘れません。ちなみに、辻さんにとってベンチャーキャピタルというのはどういう存在ですか。
辻 「伴走者」ですね。投資担当者によってスタイルは違うでしょうけれど、ジャフコの坂さんは、資金力だけではない、人やネットワークのサポート力が圧倒的でした。「こんな方を紹介してほしい」と取締役会で発言したら、その日に紹介の連絡を入れてくれる。営業(セールス&マーケ)支援の専任部隊にも助けていただきました。起業家の「志」を邪魔しない点も、私には非常にやりやすかったです。起業家は、やりたいことのために人生をかけているので、基本的には「やり方が違う」等と言われたくない。その温度感をわかった上で、坂さんは、気になるところがあればスッと示してくれる。あくまでも起業家をメインにしてくださるところは、ジャフコさんの特徴かなと思います。南さんが思うベンチャーキャピタルってどんな存在ですか。
南 似ているかもしれないですが、「戦友」ですかね。ジャフコで弊社を担当してくださっている藤井さんとは、投資いただいて以来、10年以上のお付き合いとなりますが、何もない数名のチームから現在の約1,400名の会社になるまでの軌跡を、全て一緒に辿ってきました。子会社ルクサの事業売却の交渉だったり、厳しい環境での資本政策や重要な顧客紹介等、苦楽を共にしてきた戦友という表現が、自分としてはすごくしっくりきます。
また、社内では一緒に働く仲間たちとは、日々喧々諤々やり合っていますが、ジャフコさんは半歩下がったところから冷静な意見を言ってくれる存在でもありましたし、他社や過去の事例等を用いて導いてもくださいました。何もかも初めての経験にぶつかっている「子ども」に対して、第三者的な意見を適切にアドバイスしてくださる、良い「兄貴」でもあるのが、ベンチャーキャピタルの役割なのかなと思っています。根っこには、信頼と深いリスペクトで繋がっているところも、まるで家族みたいですし。辻 わかります。私もジャフコさんから初めて投資いただいたとき、「プロダクトとチームを信じました」と仰ってくださって、何も見えていないマネーフォワードの未来を一緒に信じてくれた。その未来を創らなければいけないというプレッシャーの中、IPOできたときは心からほっとしました。なので、ジャフコさんとは、「同志」のような繋がりがすごく強いと思っています。坂さんが「フォーブス誌」の「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家」の2位に選ばれたときなんかは(2018年1月)、自分のことのように嬉しかったですね。
南 ちなみに、ジャフコさんへの要望として、今後は、ぜひ我々のような起業家や、成長企業の経営者経験のある人をチームのメンバーに入れていってほしいです。これまでと違う視点で、さらに手厚いサポートができ、日本のベンチャーキャピタルのレベルがより一層上がっていくと思います。起業家が「変わり続ける」のと同じように、ジャフコさんにも時代に合わせて、変わり続けていってほしい。
ビジョナル(株)担当キャピタリスト・ジャフコ グループ(株) 藤井淳史(一番左)と(株)マネーフォワード担当キャピタリスト・ジャフコ グループ(株) 坂祐太郎(一番右)。
「こんな世の中にしたい」を起点に、事業を創っていってほしい
南 最近好きな言葉に、ガンディーさんの「明日、死ぬと思って生きなさい。永遠に、生きると思って学びなさい。」というものがあります。起業家を目指したい方、あるいは今もがいている起業家に向けて伝えたいのは、今、自分ができる最適なことは何かを考えて、ただひたすらお客様の本質的課題解決に向けて行動を起こしてもらいたい。そして、その行動を通じて学んだことを、また行動に移してもらいたい。
辻 起業が失敗しても成功しても、人生は続いていきますからね。僕は、起業するときにマネックス証券の松本大さんから「信頼してくれた人を裏切るな」と言われました。起業は、確率として失敗する方が圧倒的に多い。でも、失敗しても信頼してくれた人に誠実に返していたら、チャンスは続いていくんだ、と。その姿勢は、今も大事にしています。南 良い言葉ですね。僕も辻さんも、創業時は小さなワンルームマンションから始めていますが、今思えば、苦しむことも楽しむための手段だった気がします。信頼できる仲間と好きなことをやって成功するストーリーを、自分たちで創っているような。起業する上で、「成功したときに幸せである」ことはとても大事なことだと思います。だからこそ、自身が納得する課題や気の合う良い仲間を見つけ、価値があることを正しくやりきってもらいたい。最高の仲間と業界の新しい歴史を創るくらいの気持ちで、大きな志を抱いてほしいですね。
辻 本当にそうですね。僕らは、こんな世の中になったら良いな、と想って起業したわけです。既存の仕組みでは解決できないことがあるから、新しい仕組みを創っていく。そこにチャレンジしようと起業家が前に進むことで社会は変わっていきます。「自分が創りたい世界を信じて創る」ことにはものすごく価値があると思います。